2016年08月22日

「興国の荒廃この一戦にあり」というデートの行方

 今月の御所市勤務初日。昨日から、橿原市のホテル滞在。
 昨日は甲子園で結構飲んだので、今日はまっすぐホテルへ。軽く夕食をとり、読書。鳴海章『夏日』(光文社、2002年)。著者は高校の先輩。80年代を目前に控えた東京での学生生活が描かれる。
 当時の風俗描写が懐かしい。
 「ノコがショルダーバッグから取り出したのは、映画やイベントスケジュールなどを掲載した情報誌だった。丸めてあったらしい情報誌は表紙にまで折り癖がついている」(259ページ)。
 インターネットがない時代、この種の情報を集めるのは結構大変なことだった。金曜日には情報誌を抱える人が多かったように思う。ただ、自分なりのアンテナを持たず、情報誌に頼りすぎるのは、格好が悪いという気風もあった。
 「ノコがテーブルの上に置いた情報誌はところどころページの端が折ってあり、サインペンで印をつけてある映画もあった。電話で映画を見ようといったのは、おとといの夜だ。それから買ったにしては、丹念に見てある気がする」「ふいに篤朗の脳裏に、寮の一室で情報誌を開いているノコの姿が浮かんだ…机に向かったノコが真剣な顔つきで情報誌をめくっている」(260ページ)
 なにか、切ない。でも青春!という感じもする。デートの際は、自分の退路も考えて、いかにも軽い気持ちで、たまたま来たよ、と相手に思わせたいもの。「興国の荒廃この一戦にあり」という気持ちのデートは、相手に引かれてしまう。今はなき『週刊宝石』に連載されていた小説で軽いタッチで読めるのもありがたい。
posted by 林 秀一 at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年08月21日

甲子園での飲み会

 決勝戦が終了し表彰式も見て、N社のKさんと待ち合わせ、球場から近くの居酒屋へ。
 さすがKさんは、甲子園にもなじみの店があるようで、甲子園駅そばの商店街を通り、その店へ。一見、普通の店なのではあるが、甲子園名物というものもある。あまり聞いたことはないが、甲子園に来る機会はそうそうないだろうし、もちろんチャレンジ。
 熱心な野球ファンでなくとも、一度は甲子園球場へ行きたいという人は多いであろう。自分も人生初体験。社には何人かW実業(こう書いてもどこだか、もろわかりだが)OBがおり、勝ち進むと有給を取って甲子園まで応援に行っており、うらやましい思いでみていたものだ。
 (住所は兵庫県ではあるのだが)大阪の下町の雰囲気もあり、落ち着いて飲める。途中からIさん合流。
 飲み始めはまだ明るい時間で、軽く飲んだ後、商店街を歩こうと思っていたのだが、飲んでいると面倒になってしまった。
 今日は、奈良県に宿泊。甲子園から阪神電車。難波乗り替え、近鉄。橿原神宮前へ。
posted by 林 秀一 at 23:34| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年08月21日 気温35.2度、灼熱炎天下の決勝戦〜準優勝北海高校に拍手@甲子園球場

 22日朝から御所市役所での勤務なので、21日にホテル入りする必要があり、荷造りをしながらテレビ朝日「熱闘甲子園」を見ていた。
 準決勝で北海高校が勝利。何度か記載しているが、自分は北海道出身で元札幌市民。これは決勝を見るしかない。決勝開始は14時。
 この時間までに大阪に着いて、どこかで試合を見たい。梅田周辺の大型電気店の店頭で決勝を見ようか。でもずっと立っているのは、しんどそうだ。喫茶店で、試合時間中ずっと粘ってTVで試合を見ることにしようか。でもどこの喫茶店にTVを置いてあるか、よくわからないな。うろうろしているうちに、試合はどんどん進みそうな気もする、と考えていて、はたと気づく。
 当日、梅田まで行くのであれば、いっそ甲子園で見ればよいではないか。決勝戦は混むだろうが、関西地区の代表が決勝の相手ではないので、少し早くいけば座れるはず。

 阪神甲子園駅には、13時前に到着。続々と甲子園に詰めかける人の群れ。
 北海高校の応援席はと聞くと3塁側とのこと。並ぼうとすると3塁側は売り切れ。スーパーに買い出しをする前に並ぶべきだったか。
 外野の3塁側応援席に近いところに陣取る。空席は少なかった。真夏の強い日差し。外野は覆いがないので灼熱地獄。とてもつらい。帽子を持ってくるべきだった。最高気温は、35.2度とのこと。もっともグランドで戦う球児はもっとつらいはず。冷たいお茶を飲みながら北海を応援。
 結果は作新学院の勝利だったが、北海も力を出し切った素晴らしい試合。北国・北海道は、練習環境の点で恵まれているとは言えないが、北海高校はそのようなハンディはまったく感じさせなかった。表彰式まで見て球場を後にしたのであった。

PS 翌日、何人かの方から「ずいぶん、焼けましたねー」と言われたが、このような理由があったのである。
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2016年07月26日

思い出の寝台急行銀河

 昨日の記述で、寝台急行銀河にわずかに触れたところ、少し反響があったので、8月滞在記に入る前にもう一言。8月の滞在記を楽しみにしてくださっている方、すみません(いないかな?)

 愛知万博等の作業で、名古屋に出張した際には、夕方は飲む機会が多かったのだが、泊まりとしない限り、最終新幹線で帰らなければならない(ように思える)
 しかし昔は(と書かなければならないのは残念だが)最終新幹線の後、寝台列車で帰るという手段があったのである。それが寝台急行銀河。大阪始発が22:22で名古屋発が0:56。できるだけ最終新幹線で帰るようにはしていたのだが、座が盛り上がり、名古屋発の最終新幹線を逃すことが結構あった。その場合でもホテル代を無駄に払うことなく、東京に戻る方法がある。たぶん教えてくれたのは、JR全線を完乗しているkくん。寝台急行を使えば、東京着が6:42。会社の始業時間には、ゆうに間に合う。ベッドは狭いのだが、横になれるのがいい。寝台はカーテンで仕切るだけなので、トイレに行くときなど、防犯には気を付けなければならない。停車の時、目覚めたりするのだが、それも風情があった。そんなときに窓から深夜の駅ホームを眺めるのも気持ちいい。

 銀河が廃止になった後、大阪から日本海経由で新潟へ向かう寝台急行きたぐにに乗ったこともある。東京への距離は大回りになり、遠くなる。でも終点の新潟まで行かず、途中の長岡で降りて、東京行き上越新幹線に乗り継げば、充分朝の出勤に間に合う。明け方、間近に日本海が見える。冬に乗ったら、日本海が荒れていた。暖かいベッドから眺めることができるのは、とても贅沢な体験。大阪を出たときに40分以上遅れていたので、心配しながら寝たのだが、6時のチャイムで「出発時の遅れは、回復していますので、ご安心ください」という、頼もしいアナウンスがあったときは、さすがプロの仕事と感じ入ったものだ。
 帰省の際によく使った思い出の北斗星も廃止になり、寝台列車に乗る機会はほとんどなくなってしまった。寝台列車に乗るときに感じるときめきと、眠る前に夜景を眺めながらお酒を飲む充実感、まどろみの中で聞く朝のチャイム、降りる際の朝の空気のすがすがしさ。今はほとんど味わうことができなくなっただけに、なおのことなつかしい情景である。
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2016年07月25日

気後れせずに「ビルヂング」と言う気概@名古屋

 昨日の滞在記に「名古屋で軽く食事をして東京へ」とさりげなく書いたそのときの話。
 以前、名古屋に行ったことのある方ならわかるかもしれないが、駅前に風格のある「大名古屋ビルヂング」があった。昭和30年代に建てられたビルで、「ザ・昭和」という感じがした。
 大阪での飲み会の記述をお読みになった方は気づいているだろうが、自分はこのような風格のある(ヘビーな)店が好きなのである。2005年愛知万博(愛・地球博)の業務をかつて担当していたので、名古屋への出張が多く、同僚で鉄ちゃんのKくんとここの店へよく行っていた。最終新幹線に間に合わないときは、深夜に停車する寝台急行「銀河」に乗り帰京したものだ。
 東京で同僚に「名古屋のどの店で飲んだんですか?」と聞かれ、「なんという店だったかな、大名古屋ビルヂングに入っている店なんだけど」と言うと、「ビルヂングって…大正時代じゃないんですから」と驚かれたのである。「いや、ビルヂングという表記の通りに読んでいるんだから」と反論したのだが、「はいはい」といなされ、あまり信用していないようだった。
 2015年に大名古屋ビルヂングが建て替えられたことは知っていたのだが、なかなか行けないでいた。いつか行きたいと思っていたのだが、この日とうとう行けたのである。
 改札を出て、駅員に、念のため、場所を確認しようとして、「大名古屋ビルヂングはどっちでしたか?」と聞こうとしたのだが、若い駅員で「ビルヂングって、ププッ」と内心笑われないかとひるんでしまい、「大名古屋ビルは」と略称で聞いてしまった。
 表記通りに、読むのが正しいのは当然なのだが、故郷での体験を思い出した。帯広には、インデアンカレーというカレーのチェーン店があり、市民に親しまれている。表記の通り読めばいいのだが、周囲の学生の多くは「インディアンカレー」と発音していた。たまに年配の方が(うちの親もそうだったが)「インデアンカレー」と発音していると「インデアンって!」と内心おもしろがっていたのであった。ただし、自分も今は表記通り読むべきだと思い、「インデアンカレー」と発音している。*1
 この経験から、地元の若い層は、「ビルヂング」という発音に違和感を持って、「大名古屋ビルディング」と発音しているのではないかと勘繰ったのである。ちなみに三菱地所は、戦後も「ビルヂング」の名称を維持し、かつては千代田区丸の内二丁目に保有していたビルを「丸の内ビルヂング」と呼んでいたが、2002年(平成14年)に建て替えたときに「丸の内ビルディング」と改称(?)した。*2

 地下の地図を見て地上に上がったが、「大名古屋ビルヂング」らしきものはない。デパートが燦然と輝くのが目に入る。右に左に視線を向けるが、それらしきビルはなし。地上の地図を見つけ再度確認すると、ここが「大名古屋ビルヂング」なのであった。1階がモダンなデパートになっているとは思わなかった。名古屋駅前の一等地を有効に活用すべき、という考えから建て替えられたのだから、これが正しい姿なのであろう。ただ、自分の知っているビルではもはやなかった。客層も若いカップル等の割合が大幅に増え、にぎわっていた。以前から入っている店もあったのかもしれないが、近くにあったご当地の店に入り、軽く飲むことにしたのであった。飲みながら、さっきの駅員には、堂々と「大名古屋ビルヂング」と発音して聞けばよかったと少し後悔。


*1 大阪にもインデアンカレーがあるが、こちらが元祖。帯広インデアンカレーの店内の説明文に、大阪で食べたインデアンカレーのおいしさに刺激を受けてカレーを開発した旨が記載されている。一口目の味わいがとても似ているが、大阪のインデアンカレーは辛さが追いかけてくるのに対し、帯広インデアンはそれほど辛さを感じさせることはなくファミリー層に支持されている。帯広を離れてから、札幌でも東京でもこの味わいから離れていたのだが、関西出張でインデアンカレーに出会い(再会し?)、それからよく食べている。最近、大阪から東京に店舗も出店し、ファンとしてはうれしい限り。

*2 名古屋では、「大名古屋ビルヂング」の名称を維持した。風格を感じさせる良い名前と思う。
posted by 林 秀一 at 18:41| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年07月24日

ここはお城か?

 昨日は紀伊勝浦に泊まり、今日は東京に戻るだけ。ただ、久しぶりの勝浦訪問でもあり、またせっかくの日曜日でもあるので、観光して帰ることに。
 午前中に、まずは「紀の松島めぐり」クルーズ。そして那智勝浦温泉 ホテルU。2度目の訪問だが、改めて壮大さに驚かされる。大きなお風呂が各所に点在し、ヨーロッパの古城か!(行ったことはないが)という規模なのである。洞窟風呂・忘帰洞からの景色も壮大。
 中国人観光客が多く、御所においてもインバウンド需要の取り込みの大切さを感じながら、名古屋行きの臨時特急に乗り帰路につく。名古屋で軽く食事をして東京へ。
posted by 林 秀一 at 22:11| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年07月23日

奥大和探訪

 今日、県庁Uさんに奥大和をご案内いただいた。
 奥大和とは、奈良県南部・東部地域を指している。観光地としては、全国的な知名度は高くないように思うが、観光資源は数多い。温泉もあるし、世界遺産熊野古道も抱えている。高速道路を使わない路線では、日本一の 走行距離を誇る路線バス、八木新宮特急バスも近年、知られるようになってきた。高野山には、講演と研修のため、2度訪れたことがあり、宿坊にも泊まった。熊野本宮大社にも行った。ただ、奥大和は、かすめるように通過しただけであった。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」には、奈良県も含まれているのだが、和歌山のイメージが強い。しかし、実際には、参詣道のかなりの部分は、奈良県内を走っているのである。
 しかし、公共交通で行こうとすると大変。鉄道の駅からは遠いし、全国最長路線バスを使うと、終点まで6時間半もかかる。じっと乗っているのも一苦労。一度、挑戦したいとは思っているが。
 谷瀬の吊り橋を渡り、人力ロープウェー「野猿(やえん)」にも乗る。最初は下っていくので、するすると進み、楽ちんなのだが、下りきった後は、自分の腕力で野猿を進めなければならないので大変。途中でばてて、Uさんに手伝ってもらった。一人で行って、おもしろそうに感じて、気軽にチャレンジすると大変なことになるなー。
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 道の駅でおみやげ。川魚甘露煮など。熊野本宮、熊野速玉大社に行った後、紀伊勝浦まで送っていただく。
 Uさんは、新大阪発の最終新幹線に間に合うようにコースを組んでくれると言っていただいたのだが、十津川まで来ると、和歌山県のほうが圧倒的に近い。十津川からバスに乗って新宮に向かい、そこから列車で紀伊勝浦まで行こうとしたのだが、結局そこまで車で送っていただいた。今日だけでも十分楽しめたが、奥大和にはまだまだお勧めしたい観光地があるとのことだった。
 勝浦では、海沿いまで歩き、まぐろを食べたのだった。勝浦には2度目の宿泊。
posted by 林 秀一 at 22:30| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

今月勤務最終日

 東京へ送るものを荷造り。
 夜、M社Fさんと大和八木で飲み会。ここの店は、メニュー数が豊富で、しかもそれぞれのレベルが高い。金曜日だったので、超満員であった。
 ビールの後、地元御所の日本酒「篠峯」をいただく。歴史と文化のなかで郷土の食が形作られ、それに合う日本酒が生まれる。酒と郷土料理を一体として楽しむ。これぞ食文化である。明日は休日なのでゆっくりと。ホテルは近所なので、気が楽。
posted by 林 秀一 at 21:43| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年07月21日

御所ラグビーフェスティバル

 御所ラグビーフェスティバル2016開会式出席。
 御所は、ラグビーが盛んな土地。この日は全国の高校が御所に集まってくる。遠く沖縄から、読谷高校も参加してくれた。
 式典でシンガーソングライター渡瀬あつ子さんに、日本ラグビー応援ソング「楕円桜」を歌っていただく。御所の晴れた空に、伸びのある素晴らしい歌声が気持ちよく響いた。
 開幕試合は、高校ラグビーの中継番組で定評のある毎日放送赤木誠アナウンサーの実況付き。円熟を感じさせる素晴らしい実況。まさにプロフェッショナルの仕事。暑い日差しの中、熱気を感じさせるプレーの連続。参加校の全国高校ラグビーでの一層の活躍を祈念する。
 午後、農林課打ち合わせ。その後、まちづくり基本構想会議。
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posted by 林 秀一 at 17:33| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年07月20日

新キャラクター?「ハム王子」と市内周辺の視察

 近鉄御所駅から、セミの声をBGMに(笑)市役所へ向かう。
 朝食を買うために、途中コンビニへ。ここのパンコーナーを物色していると、「ハム王子」との文字が目に入る。ハム王子なんていうキャラクターがあったかな? ハンカチ王子以来の王子ものなのか、知らなかったなんて不覚、と思い、近寄ってみると、キャラクターのデザインがない普通の包装。あれ、と思い、中身を見るとハム玉子。視力が衰えたな、と苦笑しながら、(手書きの)ポスターを再度見ても「ハム王子」。ポスターでも誤植はありうるが、ここはおばあさんが(たぶん)自分でPOP<販売促進のための広告>を作っているからチェックが不十分だったのだろう。あるいは、自分の頭の中では、玉子と書いているつもりなのかも。愛嬌があるので、あえて訂正を求めないでおく。(このような場合は、言った方が親切なのかな)

 午後、現地視察。「畜産ならショップ」大和高田店。県産の畜産品を使用した惣菜と弁当を販売。店舗は小さいが、スペースを工夫して陳列している。大和肉鶏のから揚げが売り物としてある。御所は盆地でとても暑いので、これをつまみにビールを飲むとおいしいだろうな。たまごかけごはんも売りのようだった。課長にコロッケを御馳走していただく。感謝。
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 その後、Uとうふ店。かなり交通の便が悪いところに位置しているが、平日にもかかわらず、客が途切れない。奈良の古民家という感じで、風情もある。試食の量がすごい。豆腐はもちろん、厚揚げやドーナツもあるのだが、それをたんまり試食させていただける。ご飯があれば、充実した夕食になるほど。ほとんど予約で埋まってしまうようだが、夜は食事もできるようだ。
 
 夜は部長懇親会。ビールの後は市内のお酒を嗜み、ホテルへ。
posted by 林 秀一 at 21:28| 日記 | 更新情報をチェックする