2016年06月25日

「奈良県民は、県内他地域に興味がない」説

 タイトルが、TBS系列の番組「水曜日のダウンタウン」のようになってしまったか。
 6月御所最後の勤務日のこと。ボストンバッグを抱えて出勤。朝、荷造りをしたため、いつもより1本後ろの電車に。
 とび乗った電車で、「この電車、尺土*1 に行きますか?」と高校生に聞くと「尺土?」とけげんな顔。電車に乗り間違えたかとあせり、「高田市(尺土の手前)に行く?」と再度質問。「あー、高田市!行きます」と言われ、ほっとする。「大和高田駅(よく間違えられる)じゃないよ、高田市駅だよ!」と再度確認しようとしたが、おそらく大丈夫だろうと判断。ちゃんと「高田市」と言っていたし。
 この高校生は高田市駅で降りて行ったが、高田市の次が尺土。それくらい、覚えてないものかな、と心の中で愚痴る。高校生のときは隣町のことなんか、興味ないのか。尺土は、個性的な地名だから、記憶にないということは、本当に聞いたことがないのだろう。
 4月18日付け*2 のエピソードや、ワークショップでの「奈良県の人たちは、あまり隣の市町村に行かないし、興味もないと思います」という発言が再度想起される。近隣地域への情報発信活動への取り組んでいかなければならないと改めて実感。


*1 近鉄御所線への乗換駅。

*2 4月18日付けでは、もう1つ、カラオケの締めで、「マドンナたちのララバイ」は妥当か? という反響もあった。妥当か?と言われても少し困ってしまうが、もとは日本テレビ「火曜サスペンス劇場」のエンディングテーマであるし、終わりにふさわしいのでは? 22時40分ごろからドラマの内容は最高潮を迎えるが、この曲が流れ始めれば、ああ終わったとため息をつくような感じ。ただ、この曲自体が盛り上がるので、まだまだ宴を続けてもよいはず、という意見かな。好みとしか言えないと思うが、どうでしょう。
 1981年から『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載している広告界を舞台にした長寿4コマ漫画「気まぐれコンセプト」では、カラオケで盛り上げるためには、どの曲から歌い始め、どの曲で締めるか、構成を考えよ、というアドバイスを与える回があった(1992年ごろ?)自分はそこまでの力量はないが、うまい人はちゃんと考えているのであろう。
posted by 林 秀一 at 18:36| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2016年06月24日

H編集長と奈良ホテル

 今月勤務最終日。
 ご来訪されたYさんと短い時間であるが、執務室で懇談。大阪に詳しいようで、滞在記の裏難波の記載に注目されていた。
 自分は、若いころは、仕事柄トレンドを追い続ける面はあったが、今はそこまではしない。気力が続かないという面もあるが、興味が薄れてきたということもある。

 今日は昼から奈良市なので、少し早目に出発。奈良県で発行されている雑誌『naránto 奈良人(ナラント)』H編集長。
 自分の所管として、御所の情報発信が一つの分野である。全国への情報発信も考えており、仕掛け中でもあるが、同時に近隣地域や県内への発信も重視していきたいと考えている。4月18日記述の御所と橿原市のOLとの会話は、少し反響があったのだが(「橿原市の住民が隣の御所への行き方を知らないなんて、おかしい。このOLは橿原市民ではないと思う」という感想)。これはそこまで確認していないから、そうかもしれないが、他にも近隣地域への情報発信の必要性を考えさせられることがあったのである。*1
 この『naránto 奈良人(ナラント)』は非常に格調が高い雑誌であると一目見た時に感じた。取り上げる素材の視点も個性的。御所滞在時に、ぜひ編集長とお会いしたと思ったのであった。マスメディアは、売上数字の視点だけでみると東京偏重のように思われているが、雑誌に関しては地方に優れたものがあって、ときに衝撃を受ける。北の地でタウン誌を出し続けているT社長のレベルも全国有数のものといつも思う。
 しかし、奈良県は結構広く、奈良市への車の移動も1時間くらいかかるのである。制限速度を守りながらも裏道を巧みに選択して、早目に到着してくれたK係長に感謝。

 H編集長とお会いし、ランチを御馳走していただき、奈良ホテルへ。H編集長にご案内いただきながら。このクラシックな雰囲気はとても貴重。とても落ち着く空間。奈良県では、観光地を訪れると、「飛鳥時代以来の」とか「1400年前」などと強調されてたじろいでしまうのだが、現代とのギャップの断層がストックとならず、ほんの一瞬の驚きに留まって、刹那に消えてしまう悩みがある。「中臣鎌足ゆかりの」と言われると確かにびっくりはするが、イメージ喚起力に乏しく、赤穂浪士や新選組関連の観光地に負けてしまう。奈良ホテルは明治・大正・昭和の時代を積み重ねながら今にその伝統を引き継いでいる。まだ夕方前なので、飲むことはなかったがバーの水準も高そうで、一度ぜひお伺いしたいと思ったのであった。H編集長は講師をしているとのことで、奈良ホテルも顔のようで、それにも驚いた。編集長は、東京勤務時代、J社の宣伝担当とのことで、業界ライバルのA社の広告を担当していた自分にとっては、興味深いエピソードもあった(この辺の記述、イニシャルだらけで申し訳ないのであるが、詳しく書けないのである)
 H編集長はとても博識で、今後も業界の先輩として教えを乞いたい気分であった。奈良市のいい店もご案内いただき、若いころ、奈良市の知人と飲み会をしても(この静かな街は刺激に乏しいだろうと即断し)いつも大阪や京都のホテルへ帰っていた自分は反省しきりである。情報発信量の圧倒的に多い土地の方を楽しそうだと思ってしまうからなのだが。マスメディアのみが大きな影響力を持っていた時代は別だが、SNSの活用でかなり事情は変わってくる。そこにチャンスは必ずあるはず。


*1 御所市役所で行ったワークショップで、まちおこしをテーマにしたことがある。「御所への行き方を知らない人が橿原市民であるはずがない」という感想があったとワークショップ参加者に話したら、「奈良県の人たちは、あまり隣の市町村に行かないし、興味もないと思います。休日の買い物も大阪に行った方が便利だし」という声があった。奈良県北部は、大阪への通勤圏であり、大阪の影響力は大きい。全国を見据える視点はもちろん大切だが、近隣地域へのPRやプロモーションの必要性も大きい。
posted by 林 秀一 at 21:31| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2016年06月23日

広報レクチャーのことなど(注記の方が長い1日)

 広報部門等へのレクチャー90分。
 自分の専門分野ではあるが、今回は実務担当者向けなので、あまり雑談は入れず、入念に昨夜作った講義メモをもとに。今週の宿は和風なのでデスクがなく、作業向きの環境ではなくメモを作りづらかった。
 業務で忙しい時期はじっくりと講義メモを作る時間がないときもあるのだが、慣れた演題であってもケースやエピソードをバージョンアップするべきと思っている。*1

 夜は、大和八木で、地ビールパブ。合計3人で。地ビールを味わった後にさらに2次会へ。居酒屋Nさん。ここはどの料理もおいしく、かなり水準の高いところだ。満足しながらホテルへ。


*1 最初に外部向けの講義を行ったのは、1990年29歳、会社の北海道支社勤務時代。
 北海道伊達市の専門学校の事務局に所属していた田村正敏氏に職務でご挨拶したときのこと。当時所属していたマーケティング部の名刺を出すと、田村氏が横の部下に「マーケティング論の講師、空席じゃなかったか?」と確認しながら、「マーケティングをうちの学校で教えてください。」と言われたのが最初の体験。田村氏は、元日大全共闘書記長で、1983年の北海道知事選挙で「横路孝弘と勝手に連帯する若者連合」(勝手連)を発足させ、社会党に所属していた横路孝弘氏(後に衆院副議長)を当選させる原動力となった人(後で知ったのだが)。
 「でも今まで、教えたことがありません。」「教えているうちに、慣れてくるから大丈夫です。」「学問的に体系立てて教えられないかも。」「実務に即したマーケティングが一番です、やってくれますね。」で強引に決まったのだった。
 この学校は、会社とは、100kmほど離れており、毎週通うことはできないので、2日間の集中講義を夏と冬に何度か繰り返すことにした。講義3日前深夜に、講師用宿舎に入り、2日前、1日前が講義メモ作り。いつもこの繰り返し。有給休暇のかなりの部分をこの学校にささげたと言ってよい(オーバーか)。
 1日5時間の授業が2日連続。教える方も大変だが、聞く方も大変。生徒が退屈しないように、演習もはさみながら。演習は、「納豆のパッケージ開発」など。スーパーに行って思いついたもの。
 講師用宿舎は、テレビもなく、ひたすら講義の準備をする自分にとっては、最上の環境と言えたが、この宿舎は小さな学校のように広く、かつ、山の上にあり夜は少し不気味。部屋からなるべく出ないようにしていたが、風呂に入るときは出ざるを得ず、そそくさと済ませたものだ。
 食事の記憶はないが、たぶん近くのコンビニかスーパーに行っていたのだろうな。
 朝9時ごろから24時過ぎまで、講義ノート作り。司法試験受験生みたいな感じだ。どうしても飽きてくると、たまに車をとばして洞爺湖を見に行ったりしていた(少し、青春ぽい?)
 今は、さすがにここまではできないが、この講義ノートは後の講演にずいぶん役に立ったものだ。

PS 今日は、注記の方が長くなった。
 以前、早稲田大学メディア研究所で『メディアの地域貢献〜「公共性」実現に向けて』(一藝社・共著)を研究員で分担して出す際に、編著者の先生から「林さんの執筆部分、注の方が長いページがところどころあるけど、直してほしいのですが」と言われたことがあった。
「全体としてみれば、本文の方が長いですし。」
「それは当然ですね。」
「論文などで、ページによって、注の方が長いことありますよ。」と言ってみたが、押し切られてしまった。小説では注の方が長いものがあるし、本文と注が対立して、けんかするするものもあった。
 とはいえ、論文集でそこまでもできないだろうから、書き改めたのだった。
posted by 林 秀一 at 23:55| 広報 | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

五條市と橿原市のまちなみ

 午前中、五條市役所を訪れる。市役所と株式会社あすも代表取締役Kさんに、五條新町周辺をご案内いただく。
 ここは歴史を感じさせる町並みが残っており、知名度を増しつつある。今日は雨模様。歩いているとしっとりした情緒を感じさせる。御所にとっても参考になる。ゆっくりと食事をできる店舗もあり、うらやましい。このようなまちなみは考え事をするのによく、住んでいるといいアイディアが浮かびそう。*1
 昼は、鮎そうめんをおいしくいただく。じめじめした気候なので、とてもさっぱり。K代表は、バックグラウンドとなる知識が豊富で、大変勉強にもなった。今日の場をセッティングしていただいたNさん、ありがとう。

 午後、橿原市の今井町へ。
 たまに雑誌などにも取り上げられている。観光客もいた。ここは、とくに御案内者もいないし、もう夕方になっていたので、地図を見ながらやや急ぎ足で回る。途中で、しょうゆを売っている店があり、お土産に買おうかと思ったが、荷物になりそうなので、今回はやめておいた。天気のいいときにゆっくりと歩きたい。


*1 5月23日の*1参照。

PS 途中、急いで文字を打っていると、「しっとりした情緒」が「じっとりした冗長」となっていた。
気に入ってほめるつもりで記載していたのに、まったく逆の意味合いを帯びてくる。
パソコン恐るべし。ラブレターでこんなミスをしたら致命的。手書きでは、こんな間違いしないものだが。
posted by 林 秀一 at 19:41| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2016年06月21日

王寺町でFMハイホーさんと少し辛いカレーショップ

 王寺町のFMハイホーさんを訪問。
 奈良県は、県域民放ラジオ局がない全国唯一の県なので、シティFMは重要な存在である。御所でも聞くことができるので車中でもよくかけている。

 サテライトスタジオのある王寺町に到着したのがお昼だったので、まずはランチへ。静かな御所市に慣れてくると、王寺駅界隈のにぎわいは新鮮。駅近くのカレーショップ。昼時なので混んでいる。すこし辛口かもしれないけれど、自分にとっては普通かな。ただ、隣の御所ボーイ*1 が大量の汗をかきながら食べていた。

 生放送を少し見学した後、打ち合わせ。聴取エリアを少し広げてほしいと思っているのだが、難しい事情があるようだった。シティFMを活用して地域活性に向けた仕掛けができればいいのだが。


*1 5月27日の記述参照
posted by 林 秀一 at 17:18| グルメ | 更新情報をチェックする

2016年06月20日

今月の勤務初日

 朝は、いい天気。周囲が緑濃い山に囲まれ、御所のすがすがしさを味わえる。盆地だけに日中は暑くなる予感。
 列車や車で移動していると、海沿いの景色に目を魅かれてしまうが、山(というより、この辺は盆地だが)の景色は落ち着きを与えてくれる。
 近鉄御所駅を出るところでは、高校生の集団と一緒。しかし、駅を出たとたんに高校生と別れて、ほとんど周囲に人がいなくなる。人がまばらな出勤風景は、東京ではまずないが、自分の中学時代の状況に少し似ていて、少しなつかしい感じ。中学のときは、日高山脈を見ながら登校したものだったが。

 朝、市長と懇談。長期的な視点が必要。各所に連絡して、今週の段取りを組む。やはり昼は暑くなってきた。
 夜は、市長、部長、参事と懇親会。何か面白い話をした気もするが、よく覚えていない・・・ 落ち着いたいい店だった。でもすぐそばにある立ち飲み店*1 にも興味がある。

 夜、ホテルに帰って本を読んでいたら寝入ってしまう。起きて、歯磨きをして、本格的に就寝。


*1 東京で知り合った福岡のTさんは、角打ち好きで、出張先でよく行ったな。
 夜に用事があるというので、土曜日の昼1時から飲んだけど、結局終電まで飲んだ。さすがに最後は座れる店に移ったが。
 Tさんは、夜の用事を途中で忘却した、と言っていたけど、大丈夫だったのかな。早いうちから飲んで早く締めようとしても、飲むのが好きな人は、終わる時間は変わらないものだ。
posted by 林 秀一 at 23:22| 御所市 | 更新情報をチェックする

2016年06月19日

御所への道

 明日から御所市勤務。
 新幹線で新大阪へ。通路向こうに座るご年配の男性がやや甲高い声で、道中ずっとしゃべりっぱなしで、京都を過ぎるまで眠れなかった。寝不足気味だったのだが。深く酔っていたわけではないようだが、何杯もお酒を飲んで気持ちがよくなっていたようで。途中で、清酒黄桜のCMソングも歌っていたし。

 大阪在住、Kさん、Yさんと飲み会。Yさんは初対面。長崎出身。今日は難波。難波はとても好きな繁華街なのだが、出張の際は、翌日の業務に備えて梅田に泊まることが多く、久しぶりの訪問。裏難波も教えてもらった。
 本日もディープな飲み屋だった。ホルモン中心。豚足も。30代までは、おしゃれな店もよく行ったが、最近はこんなところばかり。そのようなところのほうが楽しめる。明るいうちから飲むのは気持ちがいい。 
 締めは蕎麦。香りがよく、美味。大阪はうどんの文化とよく言われるが、蕎麦もおいしい店があるのだなと感心。

 近鉄大阪阿部野橋駅21時40分発。先月は5駅乗り過ごして、タクシーでバックする羽目になったが、今日は車内で眠ることなくホテルに予定通りの時刻に到着。
 一応笑顔を作っているけど、少し疲れが見えるな。この写真、まったく撮った覚えもないし・・
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posted by 林 秀一 at 23:08| 関西 | 更新情報をチェックする

2016年06月05日

関西と関東の接客の違い

 関西のほうがジョークが多い。イメージ通りでもある。困るのは、ジョークがおもしろくないとき。関西の冗談すべてがおもしろいわけではないのである(あたりまえだが)。よく言われるのが、「はい、1,200両」と言われるケース。別に面白いと思えないのでスルーするのだが、「えっ、江戸時代にタイムスリップしてしまったのか! 後の世の平成という時代の紙幣と硬貨でもいい?」と乗ってあげたほうがいいのだろうか。1,200円を1,200万円という類似の例もある。先日は、居酒屋で、「この料理、すぐできますか?」と聞くと、「すぐできます、ほんの3か月くらいで」と言われた。こう答えられると、回答の趣旨が「すぐできる」に重点を置いているのか、時間がかかると言おうとしているのかよくわからないので結構困る。30分くらい後に、「予定よりかなり早くできました」と言われて持ってこられても困るので、その注文は控えたが。

 関東でもこの種のジョークを言う人はいる。下町の店に少しいる気がする。逆に、関東のほうが多い接客パターンもある。ある日、3人で、品川のレストラン店頭の食品サンプルを見て、しばらく後に入っていくと、40代前半くらいの店員が「今、お客様が何を食べるのか、店のメンバーで予想していたんですよー」と言ってきた。あまりにも親しそうに話しかけてくるので、他の2人のなじみの店かと思ったら、そうではない。アットホームに友達感覚で話す店らしい。自分は若く見られる方だが、それでも年上だとはわかるはず。美容院やハウスマヌカン(ショップ店員)にありそうな接客ではあるが、レストランでは初めての経験。「そうですか」とそっけなく答えたが、「さあ、私たちは何を食べるでしょうか。当たるかな?」と乗ってあげればよかったのかな。
posted by 林 秀一 at 12:28| 関西 | 更新情報をチェックする

2016年06月02日

終着駅 近鉄御所

 自分は、列車での旅行が好きなので、鉄道旅行に関する単行本・雑誌を多く持っており、御所に赴任が決まった時、手元にある本をめくってみた。
 鉄道雑誌にとって、終着駅特集は定番のものである。(最近は、秘境駅特集の方が人気が高まっている気はするが)近鉄御所駅は、その先に線路がない、いわゆる終着駅である。
 終着駅というと北海道の稚内駅や根室駅がまず思い浮かぶ。先が海だとそれ以上先には行けない、という無常感もある。山だとトンネルを掘って先に行くという手段があるからな。関東だとJR久留里線上総亀山駅と銚子電鉄外川駅もいい。

 終着駅という言葉には、旅情を刺激される。それも一人旅で、夜に降り立つような・・・。奥村チヨ*1 が少し小さな声で歌いながら、コートの襟を立てながら降りてくるイメージ。それから旅館に行く前に、少し古びた居酒屋に行く感じ。川本三郎氏の著書を読むと地方の駅前食堂で、ビールを飲むのがお好きなようで、エッセイに書かれている。函館と外川での経験を書かれていたのが印象にある。どちらも自分の好きな土地である。両方とも終着駅であるのは、やはり醸し出す独特のイメージがあるのだろう。
 近鉄御所線は、乗って10分くらいで終点なので、旅情を感じる暇がない。車窓も住宅が目につくので、景色がいいというほどでもない。さすがの西村京太郎先生でもこの時間の中で、殺人事件を起こすのは容易ではないから、小説にはならないだろうな。
 ただ、村上義晃『新・盲腸線紀行』(牧歌舎、2008/07)には、近鉄御所線の記述があった。ごく簡潔な記述ではあるが。*2
 
*1 昭和46年、『終着駅』がヒット。作詞:千家和也、作曲:浜圭介。もっとも若い方は、わからない世界だろうが・・・昭和歌謡と鉄道愛好家の石破茂大臣ならお分かりいただけるかもしれない。 
*2 「盲腸線(もうちょうせん)とは、公共交通で起点もしくは終点のどちらかが他の路線に接続していない行き止まりの路線を指す」(Wikipedia) ただし、幹線は通常、盲腸線とは呼ばれない。
posted by 林 秀一 at 20:34| 鉄道 | 更新情報をチェックする