2017年04月30日

21年ぶりに偶然の再会

 昨日、用事があり、大阪で宿泊。
 今日は天気がいいので、京都で観光することに。観光船で川を周遊。両岸に桜並木が連なっており、4月はかなり混んでいたようだ。新緑が目に鮮やか。日差しがかなり強い。
 川から、京都国立近代美術館の広告が目に入る。「戦後ドイツの映画ポスター」の展示を実施中らしい。東ドイツ時代の作品も多いようで、興味を惹かれる。東ドイツという国名には、なつかしさもある。東西ドイツは、ともに経済力もあり、ニュース国際面には頻繁に登場していた。東ドイツは、国威発揚の手段として、スポーツに力を入れており、オリンピックのメダル獲得数では、米国、ソ連(*1)と覇を競っていた。

 美術館での鑑賞の後、お土産を買うために、バスで京都タカシマヤへ。1階で今日の催事内容の掲示をふと見ると、「高島屋美術部創設110年記念 -光を視る- 黒光 茂明展」の記載が。1995年に担当したネッスル日本(現ネスレ日本)ブライトの広告キャンペーンで、日本画家・黒光茂明先生が描かれた絵を焼き付けた皿をプレゼントする企画を実施したことがあった。黒光先生は当時39歳の若さ。あれから21年も経っているのか。自分も年を取るわけである。黒光先生の個展にうかがい、声をかけると、「え? あー、だんだん思い出してきた。あの時若かった君か!」それは先生もですよ、と心の中で思う。しばし昔話。(*2)
 地下で、おみやげと帰りの車内で食べるつまみを買い、京都駅へ。新幹線のぞみで帰京。



(*1)ソ連という言葉もなつかしい。長男が小学校低学年の時、白地図を持ってきて、「この国の名前、ど忘れしちゃった」と言っているので、「ソ連だろ!」と言ってすぐに、「あ、ロシア、ロシア」と言い直したことがある。息子は、「びっくりしたー、ソ連という国があるのかと思った」とつぶやいていた。生前の祖母がロシアというたびに、「ソ連でしょ」といちいち訂正していたが、自分が親になってみると、ソ連という言い慣れた名前を思わず口に出して、「ロシアでしょ」と逆に子供に訂正されることになりそう。大国として君臨していたソ連が、あれほど短期間に解体するとは思わなかったし。知人が東京でタクシーを拾って「ソ連大使館の方面」と言ってしまい、運転手に「ソ連大使館!?」と驚いて確認され、「あ、ロシア大使館!」と言い直したそうだが、我々の世代では、少し恥ずかしいながらも実に理解できるシーンなのである。


(*2)キャンペーンのタレントは、大竹しのぶさん。CM撮影は時間がかかり、待ち時間も多い。大竹さんが椅子に座って手持無沙汰にしていたので、先輩から呼ばれ、小さな声で「大竹さんが退屈しないように、楽しませてあげて」と頼まれた。「先輩が楽しませてくださいよ」と言い返すと、「いや、俺風邪気味で声がかれてるから、ダメなんだって」と言われ、自分が隣でお話しすることに。当時、得意にしていたペンギンの生態と進化の話をしてさしあげたのだった。お世辞ではあろうが、「話、面白いですね」と言っていただいたので、「ご主人の明石家さんまさんの方がおもしろいじゃないですか」と言うと、「それはそうですけど、話の質が違います」とほめてもらったことは、お世辞にしても当時うれしく思った記憶がある。


posted by 林 秀一 at 22:57| 文化 | 更新情報をチェックする
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