2017年09月08日

身近に感じた地域医療の問題〜病院もメディアになる?

 本日、体調がややすぐれない中を出勤。体温36.8度。平熱よりやや高い。
 実は、昨日38.4度まで熱が出て、休暇とさせていただいたのである。深夜から寒気がしたので、ホテルのフロントから毛布をお借りして寝たのであるが、早朝から高熱。水分補給のため、清涼飲料などを自販機から買って飲むが、食欲はないのでただ寝ているだけ。高熱なので、病院に行った方がいいとも思うが、しんどくて、服を着るのも面倒なのである。コンビニに食料を買いに行く気にもならず、夜までひたすら眠る。夜には、少しおなかが空いてきたので、コンビニでお弁当。ホテルにはレストランがあるので、そこで夕食もとれるのだが、じっとしている状態も疲れるので、ホテルの部屋で食べる方が楽なのである。夜には、かなり熱が下がっていた。「夜まで何も食べなかったんですか! 言ってくだされば、買い出しに行きましたのに」と同僚が言ってくれる。ありがたい。ただ、「今風邪をひいて寝ているから、ホテルまで弁当届けてくれないか」と頼むのは、さすがにずうずうしくて、できるものではない。
 
 平熱に近づいてきたので、出勤してきたのだが、右足がかなり腫れて痛い。同僚に見せると「どうしたんですか! 真っ赤に腫れてますよ。どこかでぶつけましたか?」「いや、記憶にないんだよ」「そんなことありますかね。お酒飲んでたんですか」酔った状態で、痛みを感じないことはあるのかもしれないが、これほど腫れてくるほどの衝撃を感じないということがあるだろうか。昼過ぎに「病院に行った方がいいですよ」と言われていたので、夜から診療をしている病院に行くことに。同僚に付き添ってもらい、心強い。
 対応していただいたのは、ご年配の先生。
「地元の方?」
「いえ、東京から来ています。ホテルに泊まっています」
「この辺、田舎でびっくりしたでしょう」
「いえ、そんなことないですよ。いいところです」
「ここの最寄りの駅なんて、1時間に1本しか列車が来ないんだよ」
などという雑談がいくつか。地元の方からの会話は、地域を卑下した会話から始まるケースが多い。これは、日本人的な特性でもあり、どの地方でも見られる。
 先生の診療までは少し待ち時間がある。テレビが付いているので、何気なくそれを見ていた。患者にとっての待ち時間は、足しあげていけば膨大な数値になる。皆、それなりに暇つぶしの術を持っていると思うが、この時間をプロモーションの時間に使えないものだろうか。市周辺、さらには県南部東部地区の行事案内などを地域が連携して編集し、このような場で流せば、注目率は高いはず。地域の病院は、そのような場に最適である。病院をメディアにするということである。

先生が前かがみになって、足を見てくださる。
「ああ、ずいぶん腫れているね。どこかで、けがをした?」
「いえ、まったく記憶がないんです」
「お酒を飲んでたんですか?」
「はい」
「足をかいたんじゃない?」
「それは、ありえますね」
「そのあと、大浴場に入った?」
「温泉浴場なので、これに入ってゆったりした気分で、寝るのが好きなんです」
「大浴場は、たくさんの人が使うので、雑菌が残ってますから。傷口から入ったんでしょうね」
 なかなか説得力がある。さすが先生。でも、今までここの温泉には何度も入っている。体をかくことなんて、今までも普通にあったと思うが。

 東京には、救急病院は、たくさんある。でも病院数が少なく、医師の数が足りていない地方がたくさんある。個人病院で後継者がいないため、事業をたたまなければならない場合も多い。先日、銭湯の廃業のことを書いたが、病院は命にも関わる。自分が病気になって、初めて、この問題が身近なものとして感じられてくる。切実な問題。


posted by 林 秀一 at 22:40| 地域の課題 | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。