2016年12月11日

K市の銭湯で温まる

 明日から今年最後の御所市勤務週間。
 夜、Kホテルにチェックイン。
 さすがに12月は寒く感じる。北海道出身とはいえ、体は東京生活に慣れてしまっているので。
 ホテルフロントでチェックインの手続きをしていると、キーと一緒にK市で使えるクーポンを手渡そうとしてくれる。使われる店が限られており、自分は4月以来一度も使っていなかったので、それを無駄にするのも悪いのでいつも
「あ、クーポンいりません。紙を無駄にしたくないので。これ、あまり使い出がないんですよねー」と率直に言うと、いつもは
「はい、そう言われる方も多いですね」とあっさりクーポンを引っ込めてくれる。
フロントには、クーポンが山積みされており、「もしお使いになるときがあれば、何枚でもご要望ください」とは言ってくれるのだが、市内を回遊して観光するのでなければ、使える場所が少ない。秋に宮崎市を訪れた時、ホテルでもらったクーポンは、飲食店やコンビニでも使えて便利だった。何週間かで配り終えたようで、新聞にも書かれていた。このクーポンのようにフロントに山積みされていたら、即日でなくなったろう。熊本県八代市のクーポンは、使える店はかなり限られていたが、繁華街の飲食店や大きな物産館でも使えてこれも便利だった。
 市が民間業者をキャンペーンに巻き込むのも労力がかかって大変なので、多くの店が参加できなくても仕方のない面もあるが。宮崎市は県庁所在地なので、リソースに少し余裕があったとは思う。
 ただ、今回のフロントさんは、耳よりなことを言う。
「すぐそばにある銭湯でもお使いになれますよ」
 実は、自分は銭湯に入るのが好きで、東京でも銭湯街歩きの会に参加しているくらいなのである。関西でも各所を巡っている。*1
「え、このクーポン、銭湯でも使える? もらいます」と言って受け取ったクーポンで、ホテル近くの銭湯へ。結構混んでいたし、若い人もいた。施設も新しく気持ちいい。
 フロントの方には、「もっと前に教えてくださいよー」と思ったのだった。説明書は、やはり隅々まで読むべきだ。このクーポンが8か月目で初めて使えて、めでたしめでたし。でも八代などのクーポンのようにもう少し各所で使えるようになったらいいな。
 
 *1 2016年5月28日「富田林経由 新大阪」等を参照。


posted by 林 秀一 at 19:33| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2016年12月15日

朝の橿原神宮前駅、古城に住まうヨーロッパの貴族のような余裕で朝食を 〜歩きながら食パンを食べる、という少女漫画によくあるシーンの考察も入れながら

 朝は通常、橿原神宮前駅からの出勤。いつも構内をそそくさと歩きすぎる。朝は急いでいるので当然である。
 独身の頃、朝の通勤時、乗り換えの(東京地下鉄の)茅場町駅で、パンとコーヒー牛乳を朝食として採っていた。朝の効率的な時間の過ごし方として、しばらく続けていた。先輩が、朝、出勤してきて、私を見て、
「あれ、茅場町駅で、パン食べてただろう。俺、横目で見ながら、先に電車に乗ったはずなのに、なぜ、会社に先に着くことができた?」と驚いている。パンはいつも15秒くらいで、口に押し込んでいた。コーヒー牛乳を飲むのは10秒くらい。たぶん、先輩と同じ電車に乗っていたとは思うのだが、自分は降りる駅の出口を考慮して、電車の先頭近くの車両に乗ることにしていた。日比谷線は、8両編成。乗車位置の違いで、会社へ到着する時刻も結構違ってくるのであった。若い時分には、朝の1分は貴重なのである。
(高校時の通学の際は、一時、歩きながら食パンを食べる、という少女漫画によくあるシーンのようなことをしていたが、走りづらいし、こんな思いまでして食べなくていいや、と思ってやめたのである。もちろん、曲がり角で美人女子学生とぶつかって、なじり合うというようなシーンは、ついぞなかった。)
 自分も年齢を重ね、そこまでドタバタはしないが、とはいえ、朝にゆっくりしている余裕もない。ところが今日は、いつもの通勤電車に間一髪で乗り遅れそうな時刻であり、ホーム階段を駆け上るほどでもないので、12分あとの電車に乗ることにし、ゆっくり歩いていた。そうすると実にいい香りが。焼き立てパンの香である。横にパン屋さんが。ゆったり気分で、「♪ダバダー」と口ずさみながら、古城に住まうヨーロッパの貴族のような余裕で、*1 ゆっくりとパンを選んだのだった。
 焼き立てパンは、やはりおいしく、一日を幸先よく過ごすことができた。

*1 昔、そのようなコーヒーのCMがあったのである。
posted by 林 秀一 at 17:39| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2017年01月27日

奈良県立大学の公開講座の後は、お好み焼きで

 午後に奈良県立大学で、観光カリスマの山田桂一郎 客員教授の公開講座「選ばれ続ける地域とは」を拝聴。毎月、スイスと日本を精力的に往復されている方。面白いエピソードも交えた、わかりやすい講演。奈良市に詳しいMさんにキャンパスを案内いただく。終了後、Mさんと学長室をお訪ねし、40分ほど懇談。
 18時ごろ、近鉄奈良駅周辺で飲み会。Mさんに「街で飲んで帰りますか」とお声がけ。「いいですね」「どこかいい所、知ってますか?」「もんじゃは、どうですか」もんじゃ・・・本場の東京から来ているのに、あえて関西では食べたくないな、と思い、「うーん、ほかにありますか」「ほか・・・? お好み焼きはどうですか」依然として、粉もので攻めてくる。なじみの店らしい。お好み焼きは関西が本場であるし、この方がいい。
 店へ入ると6割くらいの入り。地元では知られているようだ。ビールを飲み、いい気持ちになる。お好み焼きは東京でも食べるが、夜の飲み会に使うことはあまりない。久しぶりの味わい。ただ、おなかが膨れてくるので、飲み続けることは難しい。この日は、ここで終え、JR奈良駅そばのホテルに宿泊。道中、ところどころに混んでいる店がある。またの機会に行きたいものだ。
posted by 林 秀一 at 21:14| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2017年01月28日

若草山の山焼き〜春も近い。ただし、まだまだ寒いけれど

 昨夜は奈良市宿泊。今日は、毎年1月の第4土曜日に行われる若草山の山焼き。奈良の早春を告げる行事。明日、日曜日は特に予定がないので、このまま泊まることにする。
 今まで奈良市は何度か訪れているが、ならまちをゆっくり見る機会はなかったので、行ってみるか。ホテルを10時前にチェックアウトして歩き始めるが、時間帯が早すぎて閉まっている店が多い。
 途中で古本屋A店さんをを覗く。関心のあるジャンルの本が何冊か。本が好きなので、自分が住む町に古本屋はぜひほしい。J店さんは飲み屋の帰りに昨夜行ったので、今日は行かずにS店さんへ。ここは、本があまり整理されていない感じもしたが、それだけにおもしろそうな本が埋まっていそう。一見、乱雑であるが、このような店は嫌いではない。ご主人は、まちづくりに詳しい方で少し話をする。ここを出て、さらに寺社を巡り、池のほとりで少したたずむ。動かないでいると寒くなってきたのでランチへ。またしばらくぶらぶら。。
 明日の帰京用の切符を手配するために、いったん近鉄駅近くへ戻る。山焼きへ向かう人の群れに逆流する感じ。旅行代理店から出ると、もう暗くなりかけている。自分も若草山の方へ向かう。どこから見るか迷う。今の時間からでは、山のふもとまでたどり着くのは無理と判断し、途中で、人がたくさんたまっている場所に合流。ここで山焼き見物をすることに。少し遠い距離から眺めることになったが、充分な迫力。30分くらい立って眺めたが、しんしんと冷えてきたのでホテルへ。
posted by 林 秀一 at 22:17| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

吉野の桜はさすがに見事。でも大変疲れた1日

 朝9時10分、近鉄阿部野橋駅発の特急で吉野へ。特急券は昨夜買った。すんなり買えたので「あれ? 明日の吉野行き特急、まだあいているようですね」と問いかけると、「いえ、かなり混んできています。この時間帯、あと4席です」と言われた。実際、朝の駅アナウンスでは「9時10分発の特急券は完売しました。急行をご利用ください」とのアナウンスが再三なされていた。急行だと始発駅でさえ座れない人がいる。やはり、このシーズンの吉野の人出はすごいのかと内心びくびく。
 吉野駅には10時30分前に着き、降りてみると、長蛇の行列。げんなりしながら前へ進むと、中千本の桜へ向かうバスへ乗り込む人々。700人以上いるだろうか。後ろの人はバスを何台も見送ることになりそう。自分はケーブルカーですぐ上へ到着して、ゆっくり歩いて向かうつもりなので、このバスに乗らなくてもいい。しかし少し前へ向かうと、また行列が。ケーブルカーよりかなり手前だが、これが行列であった。200人以上だろうか。団体旅行引率のガイドさんが話すのを聞くと30分くらいかかるようだ。この行列を見て、徒歩で登る人もかなりいる。
 35分でやっとケーブルカーへ。しかし乗車時間はわずか3分間。
 今日は14時までに吉野駅を出発できれば、帰京。それを過ぎれば、宿泊と言う方針。予約はしていないが、大阪のどこかには泊まれるであろう。
 中千本方面へ向かって、土産店を眺めながら歩く。途中で、80人くらいの行列がある。柿の葉寿司の店舗である。おいしいのであろうが、40分以上並ぶ様子。あきらめて先へ。少し先で、あまり並んでいない柿の葉寿司と葛餅を買う。
 さらに歩いたところで、竹の子の天ぷらを串に刺して売っている。ここには、並んでいる人はまったくいない。竹の子は春の代名詞。揚げたてのものを塩を付けて食するのは、おいしそう。1本買ってさっそく食べる。甘みが口に広がる。でも結構筋っぽく、噛みきれない部分も多い。途中でお寺を拝観して出たところで、梅干しの天ぷら。梅干し3個を串刺し。梅干しが大きく、すっぱすぎると、もてあましそう。少し迷ったが、「梅干しの天ぷらは、この店だけ」という表示があり、思い切って買ってみる。すっぱさが衣の甘さによってやわげられ、なかなかいける! 食べた後も口のなかがさわやかで、疲れも取れる感じ。お気に入りになりそう。
 神社やお寺に寄りながらゆっくり歩む。如意輪寺まで行き、引き返すことにする。駅まで徒歩35分。
 駅に着いたのは、16時過ぎ。今夜は大阪宿泊に決する。特急は18時30分まで満席。疲れているが、急行で帰るしかない。橿原神宮前駅まで約1時間立つ羽目に。とにかく疲れた1日だった。でも吉野の桜はさすがに見事であった。
posted by 林 秀一 at 20:23| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2017年04月16日

造幣局桜の通り抜けを初体験〜吉野の混雑を経験してからなので、少し余裕の気分で向かったが・・・

 昨日、吉野の出発が夕方になったため、近鉄特急の終点・大阪阿部野橋駅近くに宿泊することとなり、本日が帰京日。
 駅のポスターで、造幣局桜の通り抜けの案内があり、今日はそれを見物して帰ることにする。
 昨日は、吉野の桜見物の混雑を心配してびくびくしていたのだが、今日は一転強気なのであった。吉野の場合、現地へ向かう特急チケットの確保が大変であること、吉野駅で降りてから交通機関(バス、ケーブルカー)を利用するのに、さらにどれだけ待てばよいのか、わからない点が不安であったのである。それに、現地であまりの人の多さにひるんだとしても、そこからすぐには抜け出せない。吉野駅からとんぼ返りすることは自由だが、早起きして吉野まで80分程度かけてきた手間を考えれば、なかなかできるものではない。それに吉野駅発の特急券は夜まで完売に近い状態であったから、急行で立って帰る危険性もある。
 それに対して、造幣局桜の通りぬけでは、万一1時間待ちとかであっても、列に並ぶのをやめて、他の用事に切り替えることが容易(造幣局は、大阪の中心部に近い場所にある)。まして昨日の駅前での行列に比べれば、人の数もたいしたことがないのではないかと、余裕しゃくしゃくの気分で向かった。時間は午前9時半ころ。
 実際、造幣局構内は満員状態ではあったが、列はわずかながらも進んでいたし、気持ちよく見ることができた。ただ、日差しは強く、初夏と言ってもいいほど。桜は満開をやや過ぎていたように思うが、見事なものだった。ここでも外国からの観光客が大勢いた。造幣局横の川沿いには多くの出店が並んでいる。少し混んでいる店もあったが、行列はない。あとで、ゆっくりランチをしようと思っていたので、買い食いもせず。ただ、1店、マグロの串を売っていた店があり、立ち止まって見てしまう。売っていたおじさんが「ここにきて、マグロの串を食べなければね、なんのためにここまで来たのかと、後で後悔しますよ」などとうまいことを言っている(買わなかったが)
 この後、大阪天満宮へ寄る。午前11時過ぎ。そして新大阪へ。たこ焼き、煮込みなどと生ビール。今日は気温も高く、ビールもおいしい。立ちっぱなしであったので、少し疲れも生じており、ビールの酔いもあって、移動中は半分くらい寝ていたのであった。明日から東京勤務。
posted by 林 秀一 at 17:17| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2017年04月27日

懇親の会で明日香の話題なども

 午前中、農林課と会議。午後に市内施設を訪問。
 16時に今月から明日香村に赴任された三木総合政策課長が来庁。市内をご案内後、懇親の会。飲みながら他の地域の話題なども。明日香は人口が少ない地域ではあるが全国的な知名度は高い。最近はキトラ古墳壁画の話題もある。明日香では1972年に高松塚古墳の壁画が発掘され、市民に考古学ブームが沸き上がった。73年には、寄付金付きの高松塚古墳保存基金の特殊切手が発行され、買い求める行列が全国で起きた。自分も朝、郵便局に並んだものだった。今後もまだまだ考古学的発見があるかもしれない。このブームを一過性のものにせず、継続的な観光需要につなげていくことが大切。
 東京と違って2次会に流れることはまれなので、飲み会といっても早い時間にホテルには帰ることができる。ただ、課長は帰りの電車で爆睡していたが、無事明日香村へ帰りつけたのであろうか。次は、当方が明日香村を訪問することを約束。
posted by 林 秀一 at 23:36| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

ゴールデンウイークの真ん中に

 今日は、ゴールデンウイーク後半5連休のちょうど真ん中の日。養老鉄道に乗車し、終点の揖斐駅からバスに乗り、岐阜県揖斐川町の道の駅「星のふる里ふじはし」へ。
 まず、施設に併設の徳山民俗資料収蔵庫を訪問。自分は、全国各地を広く訪問させていただいているが、可能な限り博物館も見学している。*1 ここは、旧徳山村の展示物が膨大にあるのにまず驚いた。道の駅の先に徳山ダムがあるのだが、それを造るために村全体が水の底に沈んでいる。住民が村を離れる前に、撮影された写真が数多く飾られており、思わず見入ってしまった。思い出のポートレートであると同時に、貴重な資料である。徳山村は1987年に藤橋村に廃置分合された。*2 藤橋村は、その後の合併により、現在は揖斐川町となっている。ダム建設という公益のためとはいえ、住民の心情を想えば切ないものがある。この経緯を映画の主題として、神山征二郎監督による「ふるさと」(1983年)という作品が撮られている。主演は、加藤嘉。モスクワ国際映画祭主演男優賞を受賞している。加藤嘉は、松本清張原作の「砂の器」での演技が記憶に残る。*3 この映画のDVDのパッケージには「僕の村が日本地図からなくなる」というコピーが記載されていて、悲しい気持ちになる。
 膨大な展示品を有する資料収蔵庫をさらにじっくり見ておきたかったのだが、以降のスケジュールの都合もあり、いび川温泉藤橋の湯につかり、隣接のレストラン「星のふる里へ」。かなり混んでいた。


*1 各地の博物館を見学した経験を基にエッセイを執筆したことがある(日本広告業協会『広告ビジネス入門』2015年版)
*2 「ダム事業で消えた村の帰属」長谷部俊治 『ダム日本』720号(2004年10月)日本ダム協会
*3 自分が大学生のときに、名画座で「砂の器」が上映され見に行った。泣ける作品を見たときに、自分は泣いていると悟られることにはずかしい思いがあり、あまり涙をぬぐう行為をしないものだが、この作品に関しては、涙があふれるように出てくるので、両手で涙をぬぐいながら見た。自分のすぐ目の前に座っている初老の男性も声を殺しながらも号泣しているように見えたことが記憶にある。20代の頃、好きな作品として「砂の器」を挙げることが多かったが、力を入れてストーリーを説明していると泣きそうになったものである。加藤嘉が主演をしていることもあるが、「ふるさと」のDVDのパッケージ写真は「砂の器」の情景を思わせるものがある。
posted by 林 秀一 at 18:13| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

御所市から天理、難波へ

 昨日深夜、東京から大阪入りし、天王寺宿泊。
 平日の移動では、東京での勤務終了後、すぐに新幹線で移動を図るが、ホテルへ入るのはどうしても深夜になってしまう。新幹線の到着時刻にもよるが、橿原まで移動できない場合もあるので、前夜の宿泊は大阪か京都にしている。ホテル入りは23時過ぎだったので、ビールを飲んですぐ寝たのだった。
 今日は早目の電車(急行)で、天王寺から尺土乗り換えで近鉄御所。
 いつもより30分くらい早く役所へ。今年度下期の御所市勤務スケジュールに関し、協議。
 今日の御所市は夏っぽい気候ではあるが、執務室の窓を開けていれば、充分涼しい。初夏は気持ちいい。
 
 天理市の図書出版 養徳社へ。出久根達郎『桜奉行 幕末奈良を再生した男 川路聖謨』を出版されている。川路聖謨は、日露和親条約の締結で世に知られているが、奈良藩ゆかりの人物であることは初耳。北方領土の歴史をなぞるときに、日露和親条約には必ず触れられるので、川路聖謨の名は北海道では少し知られているように思う。
 奈良が小説の舞台になっていると聞けば、ほとんどの方は古代をイメージされるのではないか。NHK大河ドラマで奈良藩が出てきた場面を思い起こすことは難しい。幕末に活躍した偉人は、奈良にもいる。これをよく掘り起こされたと思う。幕末は、ご年配の方ばかりでなく、近年は歴女にも人気が高い時代であるが、薩摩、長州、土佐の人物、あるいは15代将軍徳川慶喜、勝海舟、新選組などが取り上げられる機会が圧倒的に多く、舞台になる地も限られている。しかし、それ以外の地も維新の激動を乗り越えてきているのであり、素材も少なからず、あるはず。大河ドラマは、戦国時代と幕末が舞台になることが多く、登場人物にも偏りがある。歴史を眺める新しい視点として、川路聖謨はおもしろい。
 ロシア・ソ連の外交巧者ぶりは世界有数で、いつも日本側が押しまくられている印象が強いのだが、樺太千島交換条約をまとめた榎本武揚や、ポーツマス条約を締結した小村寿太郎と並んで、川路の外交手腕に注目するのも有用ではないか。今までは、利権を有していた樺太に国境線を設定できず、日本にとっての好機を逃した幕府のお役人というイメージを抱いていた。歴史は、勝者の側(明治政府)から語られたものが後世に残っていくことが多く、幕府が結んだ不利な条約を新政権が少しずつ押し返していったというストーリーで語られる機会が多かった。
 企画された編集者Yさんと30分ほどお話しする。この出版社には南樺太をテーマとした本『新・樺太伝道物語』もあり、守備範囲が広いと感じた。うちの祖父母・母もそうだが、北海道には樺太からの引き揚げ者が多く、道内の郷土関連図書のコーナーには、樺太関係の書籍がいくつか並んでいる。
 そのあと、博物館に行こうと思ったが休館日だったので、Yさんにご案内をいただきながら、近くの大学のキャンパスを歩く。東京や大阪の大学のキャンパスは、あまり広くないところが多いのだが、ここはとても広くて緑が目立つ。北海道の大学を思い出す。キャンパスがこれだけ広いと気持ちいい。アイディアに悩んでいるときの散歩にもぴったり。このような環境はうらやましい。
 この後、N社のKさん、Aさんと難波で飲み会。おでんが主体の店。決して広い店ではなく、ぎっしり満員。出汁がきれいに澄んでいるのと、牛すじなどをそろえているのが関西らしさを感じさせる。Kさんは、このような渋い店をよく知っており、大阪で飲む際は頼もしい存在。この日は体調もよく、泥酔せず。この後は、軽く1時間ほど、カラオケに行ったが、ここは通称「カラオケ虎の穴」。採点が非常に厳しいところで、全国1位を目指すなどということはとんでもない夢で、平均点を上回ることを目指して歌い続けるというシビアなカラオケ戦となったのであった。
 23時半ごろホテルへ。
posted by 林 秀一 at 23:39| 奈良県 | 更新情報をチェックする

2017年07月27日

大浴場に友人同士の小学生

 今日、少し早めに退勤したので、ホテル1階の地元特産品コーナーを覗くことができた(遅い時間だと閉店しているのである)県内日本酒の試飲もした。御所市も含め、奈良県内には銘酒が多い。
 大浴場に行くと、小学生が2人泳いでいたが、入っていくとあわてて湯船から出てきた。親子連れはたまに浴場で一緒になるが、小学生の友人同士は珍しい。自分は最初にサウナへ。小学生2人が入ってきたので、話しかけてみた。あるスポーツの全国大会があり、団体で泊まっているようだ。なぜ2人だけなのか聞くと、コーチがホテルの周囲を散歩するというので、2人だけついていったとのこと。他の子たちは、もっと早めに入浴を済ませ、食事も終えているらしい。
 自分も小学6年生の時に友人2人*1 と共に、夏休みに列車を使った泊りがけの旅行をして、ユースホステルに泊まったことがある。親元を離れた開放感から、夜遅く(と言っても22時くらいだが)3人で館内を探検していて、早く寝るよう注意された記憶がある。大浴場で泳いでいるというのも、開放感からであろうし、小学生らしくほほえましい(いけないことではあるのだが)1回戦で他県のチームに負けたとのことであるが、全国規模の大会で経験を積むことは、今後の大きな糧となるはず。
 ホテルの部屋でお酒を飲む前に、風呂に入ってよかった。小学生の頃は、酔った大人に嫌悪感を抱いてしまうことがあるからな(もちろん酔いの程度の差も関係するが)


*1 この友人2人は、2017年4月8日(「小学校時代の同級生」)の記述に登場する。
posted by 林 秀一 at 23:38| 奈良県 | 更新情報をチェックする
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