2017年01月24日

田中邦衛のあの防寒着 〜氷点下をわずかに下回った奈良盆地の片隅で考える

 今日は、かなり寒い。最低気温は、わずかに氷点下を下回ったようだ。とはいえ、北海道の帯広は氷点下20度以下なので、寒いというのは申し訳なくなる。
 中学、高校時代の帯広で、格好優先でトレンチコートを着ていたが、周囲のご年配層からは「それでは寒いだろう。こんなのを着なきゃだめだ」とフジテレビ系「北の国から」で、田中邦衛が着ている防寒着のようなものをよく推奨されたが、10代の自分は、さすがにげんなりしたものだ(もちろん、かなり暖かいものだとは思うが) 気温が20度違う東京で、田村正和が着ていたタートルネックセーターにトレンチコートのようなコーディネートに引き寄せられるのが若さでもある(?) そのときはかなりスマートだったし(笑)


posted by 林 秀一 at 20:29| 文化 | 更新情報をチェックする

2017年03月10日

写真展大阪会場でのトークイベント

 本町通りの玉吉洋品店さんを訪問。ここには重厚な蔵がある。中に初めて入るがきれいに整備されている。ただ、古いものでいっぱいだった蔵を片付ける際は大変だったようだ。ここでは、霜月祭の時期に『蔵シックコンサート』が開かれている。この蔵を維持されている玉吉洋品店さんには頭が下がる。コンサート以外でも積極的に使うことができれば市民にも喜んでもらえそう。
 その後、六田知弘さんの写真展「宇宙のかけら―御所」を開催中の御所まち赤塚邸へ。市外から訪れてくださっている方もいる。同行で、初見の方もいたので、当方もまた見学。
 夜は、市長車に乗せていただき、大阪京阪電車なにわ橋駅構内のアートエリアB1で開催された写真家六田知弘さんのトークイベントへ。大学時代の同級生・相田みつを美術館館長の相田一人氏との対談。相田さんは話がうまく、1枚の写真からも六田知弘さんのエピソードへと話が広がっていく。ところどころに笑いもあり、来場者の方々も楽しまれている様子。ただ、会場に暖房が入らないため、みなさん寒そうであった。風邪など召されていなければいいが。
 終了後は、メンバー5人で遅めの夕食へ。大阪の夜景を見ながら歩く。「大阪は都会ですねー」という声が。夜の役所を出て、遠く連山の闇を見ながら御所駅へ歩く風景とは段違いだから。ただ、東京から訪れると、そのような景色こそ魅力なのだが。今日も寒く、足早にお店へ。串揚げなどをいただく。軽く飲んで解散。今日は大阪・天王寺泊り。
posted by 林 秀一 at 22:27| 文化 | 更新情報をチェックする

2017年03月11日

今日は写真展御所会場でトークイベント

 昨日の大阪会場に続いて、御所市アザレアホールで、14時から写真家六田知弘さんのトークイベント。六田さんは地元のご出身ということもあり、開場前から行列。注目のほどがうかがえる。大学時代の同級生・相田みつを美術館館長の相田一人さんも昨日の大阪会場に次いでのご登壇だが、今日は御所市にちなんだ内容を多くしてくださる。笑いも入り、和やかな雰囲気。
 夕食は居酒屋でカキフライ。少し飲む。明日は、近鉄御所駅前から新地商店街で開催される「Go-Say(ごせ)ラグビーマルシェ」に行くつもり。早い時間に行くことを勧められたので、酔わないうちにホテルへ戻る。
posted by 林 秀一 at 20:16| 文化 | 更新情報をチェックする

2017年04月30日

21年ぶりに偶然の再会

 昨日、用事があり、大阪で宿泊。
 今日は天気がいいので、京都で観光することに。観光船で川を周遊。両岸に桜並木が連なっており、4月はかなり混んでいたようだ。新緑が目に鮮やか。日差しがかなり強い。
 川から、京都国立近代美術館の広告が目に入る。「戦後ドイツの映画ポスター」の展示を実施中らしい。東ドイツ時代の作品も多いようで、興味を惹かれる。東ドイツという国名には、なつかしさもある。東西ドイツは、ともに経済力もあり、ニュース国際面には頻繁に登場していた。東ドイツは、国威発揚の手段として、スポーツに力を入れており、オリンピックのメダル獲得数では、米国、ソ連(*1)と覇を競っていた。

 美術館での鑑賞の後、お土産を買うために、バスで京都タカシマヤへ。1階で今日の催事内容の掲示をふと見ると、「高島屋美術部創設110年記念 -光を視る- 黒光 茂明展」の記載が。1995年に担当したネッスル日本(現ネスレ日本)ブライトの広告キャンペーンで、日本画家・黒光茂明先生が描かれた絵を焼き付けた皿をプレゼントする企画を実施したことがあった。黒光先生は当時39歳の若さ。あれから21年も経っているのか。自分も年を取るわけである。黒光先生の個展にうかがい、声をかけると、「え? あー、だんだん思い出してきた。あの時若かった君か!」それは先生もですよ、と心の中で思う。しばし昔話。(*2)
 地下で、おみやげと帰りの車内で食べるつまみを買い、京都駅へ。新幹線のぞみで帰京。



(*1)ソ連という言葉もなつかしい。長男が小学校低学年の時、白地図を持ってきて、「この国の名前、ど忘れしちゃった」と言っているので、「ソ連だろ!」と言ってすぐに、「あ、ロシア、ロシア」と言い直したことがある。息子は、「びっくりしたー、ソ連という国があるのかと思った」とつぶやいていた。生前の祖母がロシアというたびに、「ソ連でしょ」といちいち訂正していたが、自分が親になってみると、ソ連という言い慣れた名前を思わず口に出して、「ロシアでしょ」と逆に子供に訂正されることになりそう。大国として君臨していたソ連が、あれほど短期間に解体するとは思わなかったし。知人が東京でタクシーを拾って「ソ連大使館の方面」と言ってしまい、運転手に「ソ連大使館!?」と驚いて確認され、「あ、ロシア大使館!」と言い直したそうだが、我々の世代では、少し恥ずかしいながらも実に理解できるシーンなのである。


(*2)キャンペーンのタレントは、大竹しのぶさん。CM撮影は時間がかかり、待ち時間も多い。大竹さんが椅子に座って手持無沙汰にしていたので、先輩から呼ばれ、小さな声で「大竹さんが退屈しないように、楽しませてあげて」と頼まれた。「先輩が楽しませてくださいよ」と言い返すと、「いや、俺風邪気味で声がかれてるから、ダメなんだって」と言われ、自分が隣でお話しすることに。当時、得意にしていたペンギンの生態と進化の話をしてさしあげたのだった。お世辞ではあろうが、「話、面白いですね」と言っていただいたので、「ご主人の明石家さんまさんの方がおもしろいじゃないですか」と言うと、「それはそうですけど、話の質が違います」とほめてもらったことは、お世辞にしても当時うれしく思った記憶がある。
posted by 林 秀一 at 22:57| 文化 | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

書店の役割〜都会と地方

 今日から東京勤務。
 御所市で前日フルで勤務すると、帰京が深夜になるので、やはり少し疲れる。業務の都合でスケジューリングしていくと、週の途中での出張も多くなるので仕方がないが。最終便に近い新幹線は、疲れている人が多いと思われ、シーンとしていることが多い。夕方だと出張帰りっぽい人たちがグループになって、にぎやかな場合もある。自分も昔の出張では、先輩や同僚と隣り合わせで、軽く飲みながら行ったもの。今は席がすいていれば別々に座り、現地で集合することが多くなった。疲れているときは途中で寝ることもできるし、精神的にも楽に感じる。年齢を重ねたということもあるのであろう。
 今日の夜は、六本木の森美術館で「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」を鑑賞。閉館が22時であるのがすばらしい。都営地下鉄大江戸線・麻布十番駅で下車したのが20時半頃。食事をしてから向かうことにする。麻布十番は六本木の隣であり、おしゃれな人も多いのではあるが、下町情緒も残している。買い食いもできるし、気さくな店が多い。最近は、六本木の真ん中で飲むことはほとんどなく、このような落ち着いた街を歩くことが多い。
 森美術館は、外国人が多くてびっくり。西洋系4割、東洋系3割、インド系1割、残りが日本人という感じか。夜遅い時間帯が影響している可能性もある。(N・S・ハルシャは、インド人であり、日本に住むインド人の方々が多く来ていると思われる)入った時間が遅いので、最後は駆け足になる。食事を後にすればよかったか。
 この後、書店へ。朝方までやっているので、ゆっくりと本を選ぼうとしたが、最近閉店時間を23時にしたとのことで、買いたい本を見つけることはできなかった。都会の真ん中で23時を過ぎて本に囲まれながら、ゆっくりと手に取って選ぶことができる時間は、とても充実した好きな時間だった。今、書店の数が急速に減少している。ネットショップが充実してきたからであるが、目次だけでは、その本の良さは半分もわからない。地方の都市には本屋が全くないところが多い。文化的に大きなマイナス。行政が書店の誘致に関与するところもある。本は自分の目で選んで買うことにしたいもの。それがなかなかできない時代になってきている。
posted by 林 秀一 at 23:44| 文化 | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

地域を追い続ける画家さん

 今週は東京勤務。夜、埼玉県浦和のデパートへ。地域活性の勉強会で知遇を得た方の個展。地域を巡ってそこからインスピレーションを得た光景を画に描かれている。自分が気に入った地域には長く逗留したり、何度も訪れたりされているようである。必ずしもリアルな風景ではなく、幻影的な要素も混じる。色合いがきれい。自然的なテーマが多く、見ていて落ちつく。
 映画やアニメ作品の舞台を追体験する“聖地巡礼”がこのところ、注目されている。地元の人にとっては、日常見慣れている光景でも、切り口によって違った印象を抱くときもある。
 
 個展を見た後、何を食べようかと付近をぶらり。予備知識なしで来たので、どうしようかと迷う。前をふと見ると、ラーメン屋がある。開店前から行列ができている。7,8人か。おいしい店なのではないか。最後部に並ぶ。飲み会の後のラーメンは、健康に悪いとよく言われるので、最近少し控えている。しかし、この日はお酒も飲んでいないし、いいだろうと判断。昼がカレーだったので、栄養が偏る気がするが(学生のときのようなメニュー構成だとも思う)ラーメンを食べると、後で必ずのどが渇く。塩分を多く含んでいると思われ、バランスのとれた食生活に心がけなければと改めて思うのであった。
posted by 林 秀一 at 22:41| 文化 | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

体力消耗の中、博物館で鑑賞

 本日は東京の自宅へ。
 ゆっくり起きて食事をしたいので、新幹線(京都駅)は15時台にする。
 ブランチ(早めの昼食)の後、少し時間があるので、京都国立博物館へ。京都駅から近い距離なので、行きやすい。
 今週半ばから風邪気味なので、お寺観光などで歩き回るのは、体力的に無理と判断した。とはいえ、ここの博物館は広いので、全部見て回るためにも結構体力を使う。ところどころに大きなソファがあるので、助かる。20-30分鑑賞しては、座るの繰り返し。かなり、体力を消耗しているようだ。*1 ソファのない展示スペースもあるが、長時間立っているのはつらかった。
 今後、高齢者世帯の割合は増えていくわけであるし、それらの方たちのためにも休憩スペースも充分に必要だ。この側面のホスピタリティに欠ける施設も少ないない。
 博物館を出て京都駅へ。買い物をしてのぞみ乗車。


*1  2017年8月11日 「屋外最大級の下賀茂納涼古本市で3時間半」(*1)
「へとへと」になりながら古書展で本を探し回っていた時は、年齢的にも若いし、体調も万全な時であった。ずいぶん違う。
posted by 林 秀一 at 22:41| 文化 | 更新情報をチェックする

2018年02月22日

信託博物館で、思い出のドラマに再会

 旧知である東北某市の自治体職員の方が上京するとのことで、情報交換がてらランチをとることになった。彼が会議をしているという場所が当方の職場にも近いので、そこの喫茶で待ち合わせ。場所は東京駅すぐそばの丸の内。
 時間より少し前に着いたので、通り道にあったある博物館に入ることにした。業界誌に博物館をテーマにした文章を載せたことがある。そのため、道の博物館を見かけ、時間に余裕があれば、できる限り入館するようにしている。
 今日入ったのは、信託博物館。一等地に、かなり立派な建物であるのだが、入館は無料。自分は法学部卒なので、信託には少し知識がある。展示物の解説をざっと読みながら歩いたが、文学・映画・ドラマのコーナーがあり、特に興味を持った。シェークスピアの『ベニスの商人』の解説もあったが、自分が興味を持ったのは、ジェフリー・アーチャー原作『ケインとアベル』の解説文。これはイギリスでドラマ化もされており、自分はテレビ朝日で放送の際、夢中になって見た。30年以上前の放送だが、自分にとっては思い出のドラマ。注としてあらすじを示す*1 が、つい長くなってしまった。信託博物館の解説はわかりやすく、中学生でも楽しめるはず。懐かしのドラマを思い起こさせてくれて、感謝なのである。

*1 1906年ポーランドとアメリカで2人の男の子が同じ日に誕生する。それがケインとアベル。ケインは、銀行家の一族に生まれ、後に頭取となる。アベルは、貧しいポーランド移民の立場からホテル王にまで上り詰める。
ヴワデク(後のアベル)はポーランドで私生児として生まれるが、実は高貴な男爵の息子。男爵と共に第一次大戦でドイツ兵に捕えられる。男爵は死ぬ寸前に、彼が自分の子供であることを告げ、形見として腕輪を渡す。
 第一次大戦終結により、敗北したドイツ軍は撤退するが、ポーランドはロシアと戦争となり、捕虜となったアベルはシベリアへ送られる。脱走し、ロシア兵の目をかいくぐり、モスクワ行きの列車へともぐりこむ。空いている席へすわるが、前に座っている中年の婦人がいかがわしい相手と感じたのか、じろじろと見てくる。前を見ると、ロシア兵が現れ、乗客の身分証をチェックし始めている。もう立って逃げることはできない。アベルはあわてるがロシア兵はどんどん迫ってくる。ロシア兵がアベルに「身分証は?」と鋭く問いかける。
 もうこの辺はスリル最高潮で、「もう逃げられないよ! どうする?」と自分事のように、ドラマに没入している。すると、いかにも怪しげにアベルを見ていた婦人は、「私の弟よ、怪しいものではないわ」とロシア兵に言う。ロシア兵は「そうですか」と言い、去っていくのである。アベルは夫人に「どうして?」と問いかけると、「私の弟は、政治犯としてシベリアに送られているのよ」と答える。民衆を圧迫するロシア政府への反発心からアベルを助けたのである。
アベルは、ロシアからトルコへの脱出に成功し、オレンジを買おうとする。ポーランドの紙幣を渡すが、店主に受け取りを拒否される。空腹のあまり、オレンジを持って逃げ出すが、捕まって広場で腕を斬られそうになる。大きな刀で、腕が切られんとするときに、前で見物していた中年の男が、アベルがしていた腕輪を目にして、刑の執行人に「刑の執行を中止するんだ。拒否するとポーランド大使館から厳重な抗議がいくぞ」と忠告してくれる。腕を切られて、どうなるんだろう、気の毒で見ていられないと思ったときに発せられる見物人の忠告。この辺、驚きと感動、安堵の連続。
ポーランドの領事館に行き、帰国を願い出るが、領事館員は、「ポーランドは、戦争が終わり、昔と大きく変わった。君のような人を受け入れる社会はない。今後、発展が期待されるアメリカへ多くの人が向かっている。君もアメリカへ行ってはどうか」と勧める。その意見を聞いてアメリカへ向かう。その船上でポーランド名を捨て、アベルと名乗るのである。
 移民としてアメリカに上陸したアベルは、レストランのウエイターとなる。ここで、アベルの宿敵となるケインが登場。レストランに客として来る。ケインが座っているテーブルで、ポットから水を注ごうとするアベル。水をこぼして、服にかけてしまう。アベルは謝罪する。ケインは、富豪の息子として育ってきている。いかにもわがままそうでもあるし、めちゃくちゃ怒鳴られそう、レストランの上客のようでもあるので、最悪首になるかもしれない、とびくびく見ていると、「いや、これくらいなんでもない」とアベルに言い、向かいに座っている相手とそのまま話し続けるのである。見かけと違って、意外にもいい人だなとも思うが、貧しい移民のアベルに対しては全く関心を持たなかったと言った方が正しい。
 ここでドラマの前半が終了。まだ、半分。衝撃の連鎖は続く。ショッキングな場面になりそうで、見ることをやめようとした途端、救いの手が現れたり、さすが原作ジェフリー・アーチャーなのである。
 後半はケインとアベルが宿命のライバルとして渡り合う場面に突入するが、前半のあらすじだけで長くなったので、御関心の方は、新潮文庫のジェフリー・アーチャー『ケインとアベル』をお読みいただきたい。ドラマもぜひ見てほしいのだが、VHSテープは絶版で、英語版DVD(字幕なし)を見るしかない状態であるようだ。
posted by 林 秀一 at 22:45| 文化 | 更新情報をチェックする
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