2017年06月07日

歴史ある銭湯の閉店

 自分は、銭湯に入ることが趣味の一つである。東京では、銭湯まち歩きのグループに参加している。自然の中を歩くピクニックもいいが、少し古い町並みや狭い路地をきょろきょろしながら歩くのは、実におもしろい。今月初旬、大阪から帰京する前に、食事をするために難波で下車する機会があった。帰りの新幹線で読む本を探すために書店へ入ったところ、非常に派手な装丁の松本康治『レトロ銭湯へようこそ 関西版』(戒光祥出版 2015年12月)が棚にあり、目についたので手に取ってみた。関西全域の銭湯が紹介されているのだが、その中に御所市内の新産湯温泉があった。
 御所市に赴任当初、勤務初日に御所市内に銭湯があることをしっかり確認していたのだった。各地の銭湯は、後継者がいないなどの理由で、非常に速いペースで減少を続けている。次の勤務期間には行かなければと思っていた。しかしである。その場所を確認すると、何とすでに廃業していることを聞かされた。今週行こうと思っていたのにと思い、立ち直れない思いであった(数十秒ほど)この話を御所ボーイにすると、すぐに廃業となった新産湯温泉へ行き、写真を撮ってきてくれた。その模様がFacebook「探検! 御所ガール」郷愁ただよう昭和の庶民文化★歴史に幕!沈みゆく3丁目の夕日 市内最後の民営銭湯(6月5日20時15分掲載)に紹介されているので、ご関心がある方はぜひどうぞ。今後、取り壊されるとのことであり、資料としても貴重と思う。


posted by 林 秀一 at 13:36| 銭湯 | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

御所市内最後の民営銭湯の廃業を受けて〜銭湯はメディアだった

 昨日も触れたFacebook「探検! 御所ガール」6月5日20時15分の記述をしみじみ読んでいると、いろいろなことが思い出されてくる。家に風呂がある人も銭湯にはよく出かけていた。ガス給湯器が普及する前は、薪で焚く風呂が多く、毎日、風呂を沸かすことは主婦にとって結構な重労働だったのである。御所ボーイによると、市内での銭湯廃業の話題は最近で1番の反響だったようで、地元外の人も見に来ているようだ。
 副市長と話をしていると、この新産湯温泉には10年ほど前まではよく行った、とのことであった。最近は行っていないようであったが、タイル絵や中の情景はよく覚えているよ、とのこと。タイル絵は富士山や湖などの情景が多く、なんとも気持ちよくゆったりした気持ちになった。地域によっては、廃業した銭湯後を活用してアーティストが仕事場にしているところもあるようだ。
 昔の銭湯は、かなり安い値段で洗髪のみを対象にしたコースもあった。*1 瓶入りの冷えたコーヒー牛乳を飲んでいたことも思い出深い。瓶入りのリンゴジュースも並んでいた。「なぜ、銭湯ではコーヒー牛乳だったのかな」と言う人は多いが、甘い炭酸飲料よりも健康イメージが強く、親も勧めやすかったのではないだろうか。子供が「銭湯に行ってくる!」と言われて、嫌がる親はいない。ゲームセンターなどと違って、親も認める健全空間であったのだ。
 銭湯は、老若男女色々な人が出入りしていた。そこが情報交換の場ともなっていた。壁には上映中、または上映予定の映画や公共機関のポスターが多く張られていた。映画は、大衆娯楽的なものが多かったように思う。「男はつらいよ」のような。夏休みには怪獣映画のポスターなどもあり、わくわくしたものだ。女風呂のポスターの傾向は少し違っていたのかな。恋愛映画のポスターなどがあったのかもしれない。フランスのおしゃれな映画はあまり銭湯向きじゃない気がするが、偏見かな? 雑誌のエッセイなどで銭湯の思い出を語る人は男性が多いと思われ、どうしても視点が偏る可能性はある。*2 
 各地の銭湯は急速に少なくなっており、残念なことだが、近年はビジネスホテルに大浴場を併設するケースが増えている。やはり日本人はシャワーだけだと物足りないのだな。ユニットバスは狭い空間を効率的に活用すものだが、少しさびしい。仕事で泊まったいるのだとしても、大浴場だと、つかの間の非日常気分を味わえる。そのあと冷たいビールを飲んでいると、憂さも忘れるというものである。
 明日から東京勤務。そのため、今日のランチは週の前半に買いためたものの整理を兼ねたものに。惣菜店で買ったおにぎり、カップヌードルリッチ贅沢とろみ ふかひれスープ味、カニカマ(辛しマヨネーズ風味)。デザートに雪見だいふく愛媛みかん味。最終日は割と適当に買ったものを組み合わせるので、統一感には欠ける。ただ、ふかひれとカニというように魚介類としてのまとまりを見せようとしたものとはいえる〈苦しいかな?〉少なくとも冷蔵庫の在庫整理を兼ねたメニュー提案をテレビでしてくれる一流料理研究家と志向性は同じようなものと言える(オーバーだが)

*1 洗髪だけの人も洗い場へ入るわけであり、どうやって見分けるのか、小学生の頃はいつも疑問に思っていた。実際は2、3分湯船に入ってもわからないだろうし、番台から目を爛々として湯船に入っている人をチェックすることは困難であり、基本は自己申告であろう。良き時代であった。
*2 男風呂と女風呂を比較検証するとおもしろいが、1人の人間が両方を見ることは難しいから、なかなか検証できない。

<追記>
 実は、本日の記述がPV(ページビュー)の最高記録を達成した日であり、当初はなぜこの日にアクセスが増えたか、不思議に思っていた。通常は、市のHP(ホームページ)からこのブログに来る方が多いのだが、検索してたどり着く方もいる。全国の銭湯の数は激しい減少傾向にあるが、銭湯ファンは全国に相当数いる(自分もそうである)。それらの方が見に来ていただいたのではないかと推測している。
 銭湯の洗髪料金は、東京では1967年に廃止されているが、大阪府では2005年まで残っていたらしい。自己申告なので、払っていない方もいたかもしれないが。
 本原稿執筆時、上記*1のように、洗髪料金の趣旨を記載した。しかし、読者の方から、以下のご指摘を受けた。日本髪を結う女性が多かった時代には、髪油を流すため、多めに湯を使った。コストが余分にかかるため、そのための費用をプラスさせて徴収する趣旨だったとのこと。ご教示ありがとうございます。ネットなどで調べると、戦後、男性もファッションとして長髪にする人が増え、新たに洗髪料追加徴収の対象になったとする記述もある。男性からは反発もありそうで、トラブルになった気もする。あるいは自己申告なので、無視する人も多かったのだろうか。(この辺のエピソードにも興味がある)

posted by 林 秀一 at 19:45| 銭湯 | 更新情報をチェックする

2017年09月05日

銭湯が果たしていた役割

 午前中、かつて銭湯として営業していた宝湯(御国通り3丁目)を見学する。御所市で長く営業を続けられていた新産湯温泉が廃業となり、現在、市内には民営の銭湯はない。市民の交流スペースとして、また自宅にお風呂がないなどの理由で、困っている方々のために、力になれないだろうかと考える市民有志が、廃業後もとりこわされてはいない旧「宝湯」の現状を見学するために、今日集まったのである。
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 宝湯は9年ほど前に廃業されたため、施設は朽ちているものと思ったが、内部は意外にきれいに保たれている。高い天井に木製のプロペラ扇風機が気持ちよさそう。。数多くあるロッカーが往時の繁栄をしのばせる。M氏が「僕は、いつもロッカーの30番と34番を使っていた。なつかしい」とテンションを上げていた。
 白樺の樹木が描かれたタイル絵は上品な感じ。湯舟は磨けば、すぐにでもまた使えそうに見える。男風呂の方がややきれいに残っている印象。電気風呂もあったようだ。浴槽の鏡に入った広告は、新地商店街などの店名が記されている。今はどの店も閉店している。番台の近くで「10円玉が落ちていた」と叫んだ方がいたのを見て、「1000円札が残ってないかな」と番台付近をチェックしていた人がいたが、そんなにうまい話はないのであった。
 銭湯はかつて、市民の交流の場であり、またメディアとしての役割も果たしていた。*1 なくなって困っている方々も多い。このような場は、現代でも必要だと感じている。引き続き考えていきたい。


*1 2017年6月7日「歴史ある銭湯の閉店」 、6月8日「御所市内最後の民営銭湯の廃業を受けて〜銭湯はメディアだった」参照
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posted by 林 秀一 at 17:21| 銭湯 | 更新情報をチェックする
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