2017年12月07日

今もお正月に深く関わる年神様伝説〜お年玉、鏡餅、おせち料理、お雑煮、門松の由来

 まもなくお正月。お正月は、日本人にとって、特別な季節。祝日となり、都会に出ている社会人や学生は帰省し、故郷で羽を伸ばす。お正月には、さまざまな風習がある。門松、おせち、お年玉など。昔からの由緒のある行事とは思うが、その由来はわからないという方が大部分と思われる。
お年玉に似た風習は、アジア各地にある。ただ、子供へお金を贈るという行為は、日本独自のもののようである。お年玉の風習は、古くさかのぼるとされているが、お金を贈る行為に変質したのは江戸時代のようである。これが主として、子供へ贈る行為に特化されたのは戦後になってからとされる。ただ、芸事の世界などでは、お弟子さんへお年玉を贈る風習は、いまだに根強く見られる。
餅には、年神様の魂(たましい)が宿ると考えられていた。御神名の「トシ」は穀物、とくに稲、またはそのみのりを指す古語で、稲の神、五穀豊穣をもたらす神として古くから尊ばれてきた。年神様の霊力が備わった餅が御歳魂(おとしだま)と呼ばれ、今のお年玉の起源とされる。正月に祭り親しむ神が年神様である。*1 その御歳神(みとしのかみ)をご祭神とするのが奈良県御所市内の葛木御歳神社(かつらぎみとしじんじゃ)である。御歳神社では、1月1日に歳旦祭が開催され、6日ごろまで、その起源に準じて、お餅が「おとしだま」として頒布される。*2
お餅を食べた人には霊力が伝えられる。鏡餅は、縁起物。切るのではなく、「開く」と表現されてきた。これがいまにも伝わる鏡開きである。このお年玉の風習の源流となった神社が御所市内の葛木御歳神社である。葛木御歳神社は、全国の御歳神様を祀る総本社。

 お正月の風習の多くは、年神様に由来するものと言って過言ではない。門松は、お正月に山から下りてくる年神様を迎えるための目印になるものであり、しめ縄は、周囲の不浄を断ち切るたみに結ぶものである。
かつて、餅は、ハレの日の食べ物であり、年神さまにお供えをするものであった。元日にそのお供えをお下がりとして食するのがお雑煮の由来。おせち料理は、正月の火を神聖なものとして考え、できるだけ煮炊きを避ける風習に基づき、構成したもの。

 西洋由来の祭事もクリスマスやハロウィーンなど、日本に定着しているが、これらは純粋に楽しむ行為に特化している。これに対して、正月行事は、日本国内における長い歴史を備えたものであることは、国民感情として共有されており、元日を中心に国中が一斉に長期の休暇となるために、メディアもその由来を繰り返し伝える機会を持つ。ただ、その由来の源流が奈良県にあることは、地元においても忘れ去られた状態にあるので、今一度喚起を望んでいる。

*1 葛木御歳神社ホームページ
*2 1月1日に舞踏家のミナルさんの舞の奉納、楽人おの篠笛の奉納がある。
posted by 林 秀一 at 22:33| 御所市 | 更新情報をチェックする

2017年11月28日

他人に影響された買い物の結果〜口コミの効果

 今日は、ほぼ定時の退勤@東京。帰宅途中にスーパーを覗く。
 プリンが大量陳列してあり、売り場で目立っている。OL2人連れが売り場の前に立ち、少し騒いでいる。
「あっ、このプリンここにたくさんあった!」
「これ売れてるらしいね」
「すごくおいしいらしいよ。売り切れだったコンビニもあったらしい」
 聞き耳を立てているわけではないが、すぐ横なので、自然に聞こえるのである。そうまで言われると、その商品を注目してしまう。伝聞情報が多いことが少し気になるが、1回買おうかなと決心。
「プレーンがいいらしいよ」と言って、7-8個まとめてかごに入れている。味が5種類ほどあり、すべてが陳列されていたが、プレーンだけ半分以上がなくなってしまう。横目で見ながら少し焦っていたが、さすがに全部買うわけではないようだ。OLが去り、少ししてから、プリンの棚へ行き、自分もかごに入れたのだった。すぐに買うのは、OLの意見に乗せられたようで、格好悪いと思ったのである(明らかに意見に乗せられているといえる状況だが)
 以前も別のスーパーのカレーの棚の前で、OL2人連れが少し興奮して話している場面に遭遇したことがある。
「このカレー、この間食べてすごくおいしかった!」
「粉というのが本格的だよね」
「うん、棚に並んでいるカレールーと全然違う」
 そこまで言われると、買いたくなる。OLが棚の前を離れて、しばらくしてからそのカレー粉を買ったのだった。理由は同上(苦笑) しかし、このカレー粉は、(自分にとっては)あまりおいしくなく、人の意見に簡単に乗せられてはいけないと痛感したのであった。
 もちろん失敗することもあるが口コミの効果は大きい。マスメディアにおける広告は、その発信内容を少し割り引いて考えられる。発信者は、その物(あるいはサービス)を購入させようと思って広告を出稿しているのであるから、普通はほめることしか言わない。口コミは、利害関係を有していない第三者が発信するという点で信用性が担保されるので、信用されやすい(上記の2つの例のように) 多くの広報予算を活用できない自治体にとっては、口コミが広がっていく仕掛けを考えることは、考え得る選択肢のひとつである。ただ、口コミの発信者自体が当該プロモーションの当事者と金銭面等を含めた密接なつながりがあり、それを隠していた場合は、後になって消費者に厳しく指摘される。*1

*1 ある新商品を買うための行列が話題となり、メディアでも報じられた。ところが、その行列がアルバイト費を渡されて並んだ人たち、いわゆるサクラであることが後にわかったことがあり、非難された。今の時代、この種の仕掛けは、まず隠し通せるものではないことを注記すべきである。
posted by 林 秀一 at 22:00| マーケティング | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

「神々の降る里〜御所市〜」

 現在、東京・日本橋の奈良まほろば館 *1 では、「神々の降る里〜御所市〜」と題して、12月7日(木)まで、物産の販売と名所旧跡等のパネル展示を実施している。御所市は歴史が古く、古墳の遺跡や、由緒ある神社仏閣も多い。市内には高天原伝説もある。
 入口近くには、国内甘柿のルーツといわれる御所柿(ごしょがき)や地元特産の吉野本葛を使った製品もディスプレイされている。
 近隣には、他県のアンテナショップが並ぶ。買い比べをしてみるのも楽しい。
 東京近郊の方は、勤務終了後か、あるいは週末にでもぜひ。

*1 所在地:〒103-0022 東京都中央区日本橋室町1丁目6−2日本橋室町162ビル
   電話:03-3516-3931
   営業時間:10時30分〜19時00分
posted by 林 秀一 at 17:24| 御所市 | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

大阪でランチに凝る1日

 午後から大阪市内、N社、O社、K社等訪問。付近には、一度行ってみたかったカレーショップが2軒ある。ネットで、調理写真を見て、駅から遠い店の方を選択して訪ねてみたが閉まっている。定休日ではないはずなのにと不満に思いながら、少し離れた別の店へ。するとここも閉まっている。「本日、急用により、臨時休業いたします」と書いてある。がっかりするが、仕方がない。この店のすぐ近くに別のカレー店がある。ノーマークの店であるが、空腹の折、贅沢は言っていられない。カレーを食べる態勢にあった体をだまらせるには、カレーを食べるしかないのであった。
 東京には、人口の多さに比してカレー専門店が少ないように思う。ラーメン店や蕎麦屋が多い。とくに調査したわけではないので、そう感じない人もいるかもしれないが(自分の行動圏だけそうなのかな?) 自分は時々、少し辛いカレーが食べたくなるので、さびしいのである。昔暮らしていた札幌には、カレー店が多かった。よくスリランンカカレー風の店に行ったが、のちにスープカレーのジャンルが確立して、地元グルメとして人気が出るとは想像もしていなかった。大阪はカレー店が多く、ランチの際には重宝している。
 ランチの店を行きつ戻りつしているうちに、時間が過ぎ、N社訪問に遅れそうになり、あわてる。K社のラウンジには喫茶店があり、外は寒かったのだが、冷たいドリンクを選択。のどが渇いていたので、ごくごく飲みほして驚かれたかな。夜は商店街の中の立ち飲み屋へ入る。ここにはテレビがあり、皆それを見ながら飲むスタイル。
posted by 林 秀一 at 22:28| グルメ | 更新情報をチェックする

2017年11月06日

外国人に口コミで人気の観光地

 朝のNHKのニュース枠で、口コミで外国人の人気を集めている観光地を紹介していた。私もかつて、外国観光客の誘致キャンペーンを手掛けたことがある。重点地域を定めて、マーケティング戦略を練り上げたが、メディア費用がかさみがちである。マスメディアを使用したキャンペーンは、周知のうえでは効果があるが、費用対効果を考えなければならない。
 ネットが普及している環境下、SNS等の活用が可能である。ここでは、従来の口コミと違って、地理上の近接性にない対象、密接な対人関係を伴わない相手に対しても広がっていく可能性を持つ。ネットでは検索性を有するので、似たような興味関心を有する層が情報を探索して接触してくれる。情報の拡大に大きな可能性を有する。*1
 ただ、外国人といっても国によって、興味、嗜好は大きく異なる。日本の近代的な設備、技術に興味を持つ層がある一方、伝統的な家屋、風土、料理に関心を示す人々もいる。一番いいのは、観光されている方に実地で、インタビューやアンケートを実施できるといいが、それが難しい場合は、観光マーケティングの専門家などにヒアリングして、効果的なコンテンツを探っていくことが有効である。

*1 杉谷陽子「インターネットの口コミの有効性:製品の評価における非言語的手掛かりの効果」上智経済論集,54(1・2),47-58,2009-03がわかりやすく、実務家にも参考になる。
posted by 林 秀一 at 23:09| マーケティング | 更新情報をチェックする

2017年11月05日

会場のお寺を間違うまさかのミス

 明日から御所市勤務。昼少し前に京都着。少し早目に京都に来たのは、今回は、滞在期間が長いため(14日まで)、通勤やホテル滞在時に読む本を京都で探すという目的があったのである。
 
今日は、知恩寺境内で野外古本市が開催される。自分は初参加であるが、かなり規模が大きいらしい。駅からバスで向かうことにする。到着する直前、手帳で再度、目的地を確認。すると「知恩寺」と書いてある。知恩院と書き間違えたのか。でも知恩院は、以前も訪れたことがあり、名称を間違えたとは考えづらい。院と書くところを反射的に寺と書き間違えたのかな。いやな気がするが、バスはもう到着するところ。仮に間違えたとしても、似た名称なのだから、親戚みたいなもので、おそらく隣か、極めて近い位置にあるのではないかと勝手に推測して降りる。知恩院の敷地は広大。境内の売店の方に「古本市はどこでやっていますか?」と聞くと、「それ、知恩寺だと思いますよ。さっきも同じことを尋ねてきた人がいたから」と言う。やはり間違えていたのかと、少し動揺。

「知恩寺は近いですか?」

「歩いていくには、少し遠いかな。バスで行った方がいいですよ」

と言われ、さらにショック。

 だが、ここまで来て、「そう、では失礼」とUターンするのは、売店の方にも失礼な気がしたし、せっかくなので知恩院も見学させていただくかと考え直す。期間限定の施設見学もあり、大変充実したコースをたどり、かなり時間を消費する。

 バスで知恩寺へ向かう。到着が13時半。パンフレットに京都古書研究会40周年記念「第41回秋の古本まつり−古本供養と青空古本市−」の文字。大変歴史のある催事だ(と書いたが、古都京都においては41回で、歴史があると言うと怒られそうな気もする)17時までの開催ということで、時間はあると思ったが、かなり充実した古本市であり、後半はかなり駆け足で見ることになった。会場名が似ているからといって間違えてはいけないな。厳しく確認するべきであった。

 ただ、14日までの滞在中に、読むべき本をストックできたのは良かった。
posted by 林 秀一 at 22:43| 読書 | 更新情報をチェックする

2017年10月25日

インバウンドの現状と課題

 朝、市長室で会議。インバウンドに関する話など。
 以前、インバウンドに関して、対外広報を担当したことがある。海外から日本への観光客数は600万人を超えたくらいのときで、目標の1000万にほど遠く、PR予算が低い中、いつこの目標数値を超えられるだろうか、と何度も不安になった。中華圏に人気のあるタレントSさんのCMの評判も良かったが、当時は国を挙げてインバウンドに取り組む韓国の1/9の予算しかなく、実施できる施策は限られていた。韓国の大統領は日本のテレビCMを使って、日本人に韓国観光を呼びかけていたが、日本では韓国でテレビCMを流す予算がなく、国際空港などで映像放映が可能か否か検討するなどの工夫をするしかなかった。メディアなどの周囲も結構冷たくて、隣国と陸続きのフランスやドイツが外国からの観光客が多いのは当たり前であり、島国の日本のランクが低いのは仕方がないという意見も多かった。しかし、インドネシアも島国であるし、韓国への観光客もほとんどが飛行機や船などで海を越えてくる方なので、日本とほとんど条件は変わらない。これらの国の後塵まで配するのは明らかに施策不足なのである。できない理由を挙げていけば、いくらでも出てくるものだ。
 東京オリンピック・パラリンピックの開催決定が追い風になっているのは間違いないが、以上のような経験をしているので、これだけ外国人観光客が増えていることには感慨がある。外国人だらけになっている観光地もあり、ホテルや交通機関の混雑に拍車がかかっているとの声もあるが、それだけ日本に魅力を感じてくれているのである。訪日外国人が2千万人を突破した現在、新たな課題が生じている。観光インフラの問題は急務を要する。看板が日本語のみである場合、彼らは認識できない。観光案内所などの外国語対応の態勢が不完全なところもある。IT機器などの活用策なども含め、至急の対応が求められている。訪日リピーターも増えており、よりゆっくりと日本を楽しんでもらえる工夫も必要。食事をしながら、現地の方と交流をしてもらえる食事処・喫茶店や、和風感覚を味わえる宿泊所も求められている。訪日される方の需要も踏まえながら、考えていきたい。
posted by 林 秀一 at 22:36| 観光論 | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

大阪梅田の物産展を覗く

 今週は御所市勤務。
 午後、大阪で会議出席。晴れてはいるが、肌寒い気候。
 会議終了後、ホテルのある橿原神宮前へ行くためには、地下鉄梅田駅から御堂筋線に乗り、天王寺で下車し、近鉄阿倍野駅から特急、または急行に乗る必要がある。17時半を過ぎているので、梅田駅に着く手前で何か食べようかとキョロキョロ。阪神百貨店梅田本店で「阪神の東北6県地酒と物産展」を開催中であることに気づく。気づいてしまうと、行かないわけにはいかなくなるのが本分。
 エスカレーターで催物会場へ。意外とすいている。ワイン飲み比べセットがあるのでまず試す。飲み終わって売り場を覗いていると日本酒飲み比べセットがあり、それにも挑戦。そのすぐ近くにある地ビール飲み比べセットも。それぞれが少量ではあるのだが、つまみをまったく食べていないので、酔いが早く回りそうな予感がする。軽くつまめるものを物色。日本酒ではなく、地ビールから先に飲み始めればよかったなと少し思う。会場内にカウンターがあり、そこで東北6県の日本酒と軽いつまみを出している。メニューを見ながらいくつか頼む。少しずついろいろな味を楽しめるのがよい。しかし調子に乗って、いろいろ頼んだので、6千円以上使う。居酒屋で腰を落ち着かせて飲んだみたいになってしまった。つまみをいろいろつまんでも腹はふくれなかったが、結構なカロリーに達している気はしたので、ラーメン等で締めることはせず、おとなしく地下鉄に乗車したのであった。
posted by 林 秀一 at 23:48| グルメ | 更新情報をチェックする

2017年10月19日

CSVと地域貢献について学ぶ〜久しぶりの神田歩きも

 終業後、東京神田の専修大学で、CSVに関する講演会。CSVは、Creating Shared Valueの略。共通価値の創造と訳される。従来もCSRの概念はあった。Corporate Social Responsibilityの略で、企業の社会的責任のこと。この語が一般化するなかで、企業の社会貢献活動部署も続々と誕生した。しかし、寄付活動と同視されることもあり、経済環境が悪化すると、活動が先細りになりがちである。CSRを慈善活動と捉えることによる限界があった。企業の利潤追求と社会的な課題解決を両立させることで、持続的な活動へと転化させる動きが出てきている。
 今回は、ビール会社のご担当者が自社の活動内容をスピーチされた。活動内容の主要な部分は地域貢献であった。この会社は、私も以前の業務で大変お世話になったところであるし、日々の晩酌で大いに関与もしている(笑) 興味深く話を聞くことができた。終了後、講師と少し話す。
 講演終了後、夕食を食べるために久しぶりの神田を歩く。空気が冷たい。この周辺は、大学キャンパスとビジネス街で、灯りがまばら。逆にそれが風情でもある。ラーメン屋に入る。5割の入り。自分のところに来たラーメンを食べようとすると、盛りが非常に多い。明らかに大盛りである。誰かの注文と混同しているようだ。言うべきか迷ったが、作り直すのも時間がかかるだろうし、そのまま食べた(価格は同じなのである) おなかが苦しく、帰宅後はビールも飲まず、就寝したのだった。
posted by 林 秀一 at 22:56| 地域の課題 | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

地域の物産展を横目で見ながら〜霞ヶ関ビルへの思い入れも少し

 午後から内閣府で、地方創生人材支援制度派遣者の研修。この日は、各地から霞が関に人が集まる。講演を聴講した後、グループ討議。テーマ別に班が編成されている。自分は、観光班に所属。
 研修後は、階下の食堂で懇親会。今回は、総選挙まっさかりということで、政務三役は欠席された。お酒は、後方テーブル上に各地のお酒がずらりと並んでおり、ミニ品評会を開きながら飲んだのだった。
 夜、霞が関ビル*1 の横を通ると、地域の物産展をビル前の空きスペースで実施していた。17時以降は、お酒も出している。ただ、今日は冷たい風も吹いていて、結構寒い。お客さんもかなり少ないようだった。ビジネス街にあるから、夜は人が足早に過ぎる。むしろ昼休みの方が人出が多いのかもしれない。
 新橋駅前の広場でもたまに地域の物産展を実施しているが、こちらの方はいつも混んでいる。新橋に繰り出す人は、飲む気満々の態勢で出かけてくるので、少々寒くても客があまり減りはしない。駅を出て待ち合わせる人が多いことも影響している。場所によって、人出は大きく影響されるものだ。

*1 当方は、1961年生まれであり、霞ヶ関ビルが地上36階、高さ147mと日本初の超高層ビルと喧伝された時代がしっかり記憶に残っている。今では、2007年竣工の中央合同庁舎第7号館に見下ろされる形になってしまった。霞ヶ関ビルは、1967年竣工であるが、その前年、TBSテレビで放送された「ウルトラマン」に登場した怪獣シーボーズが建築途上のこのビルを登る場面があった。そこが一番高い場所であったからだと思ったが、当時は西新宿の超高層ビル群もまだできていないときである。霞が関ビルの高さは突出していた。もはや霞が関においてさえ、一番の高層ビルではなくなっているのであるが、それでも愛着は人一倍持っているのである。霞が関ビルと口に出すときに、「未来」と言うニュアンスがこもっていた時代が確実にあった。もう理解されないかもしれないが(笑)
posted by 林 秀一 at 22:38| 東京 | 更新情報をチェックする